マーガリンっていつからあるか調べてみたら150年くらい前からあった

マーガリンっていつからあるのだろう?

最近、食べてはいけない食品のベストテンに入りそうなマーガリン。

私が初めて食べたのはいつだったか?子供の頃、北海道に住んでいたせいか、バターの方が一般的だったような気がします。学校給食でも、最初はバターでしたが、小学校3年生くらいからマーガリンが時々でるようになったような記憶があります。

家庭では、健康のためにマーガリンを買うようになったのではないかと思います。コレステロール対策です。

初めて食べた頃のことを覚えています。トーストに塗ると「お父さんの靴下のようなにおいがする」という印象が残っています。もちろん、そのうち慣れてしまいましたが。

バター

マーガリンの発明

マーガリン発明のきっかけは、脂肪の歴史 (「食」の図書館)によると、次のように書かれていました。

19世紀後半には人口の急増が食用油脂の供給危機を招き、特にフランスは悲惨な状況に陥った。ビスマルクによるプロイセンの軍事力強化により、フランスも軍備を強化せざるをえなくなった。

1866年、ナポレオン3世はパリ万博の一環として、「海軍とあまり裕福でない階級の人々のためのバターの代用品」を懸賞募集した。それには、製品は、「安価に製造でき、時間がたっても風味が悪くなったり、悪臭を放ったりしないもの」という既定があった。

この背景には、普仏戦争がありました。普仏戦争は、1870年7月19日に起こり、1871年5月10日まで続いた戦争です。戦争はプロイセン側の圧倒的勝利に終わり、プロイセンを中心にしたドイツ統一が達成され、ドイツ帝国が成立したとあります。

戦争が間近に迫ると、食料を確保するために代用品が開発されることはよくあります。マーガリンもそのような目的で作られたのです。バターが動物性の脂肪だから、健康のために植物性の油で似たものを作ろうと考えられたわけではありません。

1869年、イボリット・メージュ=ムーリエがこの課題に応えることに成功した。このフランス人科学者は、牛の脂肪と乳房からの抽出物、それに脱脂粉乳を混ぜてバターの代用品を作り出し、オレオマーガリンと名づけた。

1871年になると、メージュ=ムーリエはこの製品の特許をオランダのユルゲンス社(後にコングロマリットのユニリーバ社の一部となる)に売却した。オレオマーガリンはバターより長持ちし、ほぼ半額で販売することができたが、当初市場ではあまり注目されなかった。だが1910年に水素添加の技術が導入されると、マーガリンはバターの代用品として幅広い支持を獲得するようになった。

水素添加油の使用は1910年頃から

マーガリンは1869年に発明され、1910年に水素添加の技術が導入されたというのが重要です。今から100年以上前の話です。

以前、なぜ含油率が低い大豆から油を搾るのかという記事を書きました。その中で、こんな風に書いています。

その後、1904年~1905年の日露戦争後、日本は満州に進出し、大豆、大豆粕の輸出が拡大しました。当時の日本にとっては、大豆油より大豆粕の方が重要で、搾った大豆油のほとんどは、欧米、特にアメリカに輸出されていたそうです。今では考えられないですね。食生活の違いでしょう。面白いですね。

水素添加は、飽和脂肪酸には必要はありません。魚油や植物油に含まれる多価不飽和脂肪酸を飽和脂肪酸に変化させるために使われます。大豆油が1910年頃にはヨーロッパに輸出されていたのは分かりましたが、大豆油がマーガリンの原料になっていたかどうかまでは調べてみましたが、分かりませんでした。

しかし、水素添加されるようになるとマーガリンはバターの代用品として幅広い支持を獲得するようになった、とあるのは、味がおいしくなったからだと思います。ひょっとしたら、原料が(植物油に)変わったのかもしれません・・・。

マーガリンはプラスチックではない

最近の話だと、マーガリンはプラスチックのようにいわれていました。人をおどかすように教えるたとえ方が実にうまいなと思いましたが、同時にそれはうそだなと思いました。

水素添加は、多価不飽和脂肪酸の二重結合に水素をつけて飽和脂肪酸にする技術だからです。油とブラスチックでは構造が違います。分子はプラスチックの方がずっと大きいです。

人によっては水素添加が悪魔の技術であるかのように書く人もいます。しかし、水素添加の技術は、マーガリンのために開発されたわけではありません。昔は、多価不飽和脂肪酸を含む油は酸化しやすくとても扱いにくかったのです。水素添加によって酸化されにくくなり、保存性が上がりました。

油は食品だけに使われるのではありません。

マーガリンはかなり抑圧された存在だったみたい

マーガリンの出現は、食品の工業生産(大量につくることができる)の先触れとなりましたが、参画できるのは潤沢な資金のある大企業だけでした。

そのため乳製品業界から圧力がかかります。まあ、当然といえば当然です。バターを作っていた人は同業者じゃない会社にじゃまされるのですから。

1950年代になると、アメリカではマーガリンが価格によって市場で有利にならないように、差別的な税が課された。マーガリンがバターであるかのように販売されたり、バターと間違われたりしないように、黄色に着色することも禁止された。・・・(中略)・・・

カナダではマーガリンの販売は1949年まで全面的に禁じられていて(1919~1922年だけは例外)、黄色の着色料の禁止が撤廃されたのは、オンタリオ州では1995年、オンタリオ州では1995年、ケベック州ではつい最近の2008年のことだ。・・・(中略)・・・

アメリカでは、その20年前(注:1970年に対して)にマーガリンの運命は好転していた。第2次世界大戦中にバターが不足したことで、マーガリンはアメリカ市場で足場を固め、1950年代にマーガリンの売り上げはバターを追い越した。その頃にはマーガリンの成分は発明当時から大きく変化し、原料も動物脂肪から植物油に変わっていた。

すごいですね。私にとってマーガリンは、バターもどきみたいなものですが、最初からバターのような色をして、バターよりもモダンな容器に入って、使いやすく提供されていました。

日本にマーガリンが入って来たのは1887年(明治20年)に初めて輸入され、1908年(明治41年)に横浜の帝国社(現在のあすか製薬の前身)によって国産化に成功している、とありました。マーガリンが発明されてすぐに入って来て、フランスで人気が出た頃にはすでに国産化できていたのですね。

まとめ

私はこの記事を書くまで、マーガリンは第二次大戦の頃にバターの代用品として出来たのだろうと思っていましたが、実際はもっと古いものでした。

ものの成り立ちを知らないと、マーガリンはプラスチックだという話を頭から信じてしまったり、水素添加を悪魔の技術のように信じてしまうかもしれません。情報過多時代は、ネガティブな情報の方が流れやすいです。

私は、マーガリンはこれからも買いませんが、おかしいなと思う話は一度調べてみるのがよいなと思いました。

日本マーガリン工業会は1947年から活動しています。マーガリンについての本も出しています。図書館にもわりと所蔵されています。

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