なぜ含油率が低い大豆から油を搾るのか

サラダ油とは何かでちらりと書きましたが、私は、サラダ油は大豆油(を精製したもの)だとずっと思っていました。しかし、昨日スーパーに行って見てきましたが、サラダ油は、大豆油となたね油の混合油でした。

世界の大豆生産は、2013年の資料では、第一位がアメリカとブラジル。この2国で全体の60%を生産します。第三位がアルゼンチン。第四位が中国です。中国の生産量は、世界のわずか4%です。

大豆の輸出もほぼ同じで、第一位がブラジル。第二位がアメリカ。第三位がアルゼンチンで、この3国で全体の85%を占めます。

一方、大豆の輸入は、全体の66%を中国が占めています。すごいですね。第二位がEUで約12%。その他メキシコ日本と続きます。(出典

日経の見出しで中国、大豆輸入10年で5倍(2010/8/24)という記事が見つかりました。主な用途は食用油だそうです。そのためか、大豆の価格が高騰し、大豆油の生産量が減少しているそうです。(出典

サラダ油が大豆油となたね油の混合になっているのは、大豆価格の高騰が理由になっているのか、価格変動を考えてもともとの原料を1種類にしていなかったのかもしれません。あるいは風味のためなのか。

さて、大豆の油含有率は20%程度しかなく、ヘキサンを使ってほぼその油を100%抽出する話は、以前書きました。

ところで、油について調べていると、なぜ含油率が20%と低い大豆を油料作物として使うのかと思います。油料作物というのは、油の採取を目的とする作物のことです。ちなみに、大豆の次に生産量の多い菜種は、含油率が35%~50%程度あります。大豆よりもだいぶ多いです。

油を得ることが一番の目的なら、もっと含油率の高い作物にする方がよいですね。大豆は、搾った油と、粕(しぼりかす)が有効に使える作物です。大豆粕は大豆ミールとも呼ばれています。大豆粕は、現在は、飼料としてタンパク質の供給源となり、醤油の原料としても利用されていますが、昔は肥料としての価値が高かったようです。

日本油脂協会のサイトにとても面白い記事がありました。これは是非、実際の記事である、日本の大豆搾油業の黎明をお読みください。

大豆の原産は、中国東北部であるようです。大豆油がいつから使われていたのかはっきりと分からないようですが、1578年に完成された本草綱目に掲載されているので、その頃には間違いなく使われていたということです。本草学(ほんぞうがく)は、中国で発達した医薬に関する学問です。

国会図書館に、日本語訳の本が置いてあります。私も一度調べに行ったことがありますが、膨大な量で何分冊にも分かれていました。本当にいろいろなものの効果が書かれています。

大豆油は、「香りがツンッとしており、甘みが感じられる。加熱して用いられるがやや中毒性がある。治療用として傷口に塗布する薬剤に用いられ、部分脱毛を治す効果もある」という効果があるそうです。きっとこの時代は貴重なものだったんでしょうね。

中国の大豆生産は、1900年頃に満州で急激に伸び、搾油も規模を拡大して行われるようになりました。

1894年~1895年の日清戦争後、日本が満州の大豆、大豆粕の主要輸出先国となり、日本へ輸出された大豆粕は、稲作の肥料として利用されました。

その後、1904年~1905年の日露戦争後、日本は満州に進出し、大豆、大豆粕の輸出が拡大しました。当時の日本にとっては、大豆油より大豆粕の方が重要で、搾った大豆油のほとんどは、欧米、特にアメリカに輸出されていたそうです。

今では考えられないですね。食生活の違いでしょう。面白いですね。しかし、大豆粕の方が重要だったというのは、大豆が含油率が低いのに油料作物として生産量が断トツで第一位である理由になります。

このころ、イギリスでは溶剤を使った搾油法が開発され、満州からの大豆は周辺国でも搾油されるようになり、ドイツが最大の大豆搾油国となりました。

この頃の溶剤には、ベンゼンを使っており、においが残るのと毒性があるので問題があったようです。このあたりもう少し知りたい。

この後、第二次大戦頃にアメリカが大豆の大生産国になりました。中国東北地方原産の大豆を世界に広め、アメリカで一大生産されるきっかけを作ったのは、満州での生産と、日本と日本の商社だったんですね。初めて知りました。

ところで、この記事の冒頭で、「世界の大豆生産は、2013年の資料では、第一位がアメリカとブラジル。この2国で全体の60%を生産します」と書きましたが、全く知りませんでした。私が中学生か高校生の頃、地理で習ったのは、大豆の大生産国は、確かアメリカと中国でした。

ブラジルはいつから大豆を生産して来たのだろうと思ってあれこれ調べてみました。

独立行政法人農畜産業振興機構のサイトに記事がありました。今後、穀物の国際需給を担う新興農業開発地域─ブラジル・マトピバ地域─という記事です。

この記事によると、ブラジルの大豆生産は、1960年代から小規模に始まったそうです。その後、1970年初めに、ペルー沖のかたくちいわしの不漁によって大豆の国際相場が高騰し、アメリカは大豆の禁輸措置をとったそうです。かたくちいわしはこの時代なら肥料じゃなくて家畜の飼料だったのでしょう。

この時、アメリカからの大豆輸入に依存していた日本は大きな影響を受けました。このため、1974年、当時の田中角栄首相は、セラードという強い酸性の赤土で耕作には不向きとされてきた地域を対象に「セラード農業開発事業」を行い、大豆の大規模生産ができるようにしました。

それから40年。今やブラジルは世界一の大豆生産国になりました。世界の大豆事情に関しては、日本の影響力が実に大きかったのですね。

大豆は、油料作物として世界一ダントツの生産量ですが、その一番の目的は搾油のためでなく、もともとは大豆粕を得て家畜の飼料とするためです。

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