加齢臭の原因物質といわれる2-ノネナールは、皮脂が常在菌によって分解されてできるのだと思っていました。ところが直接の原因は、皮脂のスクアレンが紫外線によって過酸化され、それが、オメガ7の一価不飽和脂肪酸であるパルミトレイン酸を過酸化して数段階の反応を経て、2-ノネナールになります。
皮脂の60%はトリグリセリド、つまり、油(脂肪)です。食べたものに影響されるのではないかと思いました。そして、加齢臭の原因となる2-ノネナールは、皮脂が常在菌によって分解されてできるのだと思っていました。
ところが、皮脂に一番多く含まれている脂肪酸は、パルミチン酸でした。
2-ノネナールをつくる仕組みは思っていたより単純なのかもしれません。
皮膚の常在菌
皮膚の常在菌は、おもに、アクネ菌、表皮ブドウ球菌、マラセチア菌、ミクロコッカス属の菌が知られており、数が多いのは、アクネ菌と表皮ブドウ球菌です。
皮膚の常在菌にはどのようなものがあるのでしょう?皮膚常在菌の皮膚状態に与える影響という論文が見つかりました。
20~69歳までの健常女性の頬より菌を採取し,分離同定した。各菌種の検出状況をFig.-1(注:省略)に示した。
P. acnesがすべての人から検出され, S.epidermidisは79.1%と多くの人から検出された。 Micrococcus属は41.2%の人からS. aureusは, 8.7%の人から検出され,P. acnesに比べるとかなり低いことが分かった。
1cm2当たりの平均菌数をFig.-2(注:省略)に示した。皮膚上ではP. acnesが最も多く検出され約104個を示し,S. epidermidisがそれに続き多く検出され約103個だった。
それに比べるとMicrococcus属の検出は数十個と少なかった。このように皮膚上でP. acnesが大半を占めていることが分かった。
出てきた皮膚の常在菌について、表にまとめました。表に書いた上から順番に皮膚に多く存在します。
Propionibacterium acnes | アクネ菌 |
Staphylococcus epidermidis | 表皮ブドウ球菌 |
Malassezia | マラセチア菌 |
Micrococcus spp. | ミクロコッカス属 |
アクネ菌(Propionibacterium acnes)
アクネ菌は、皮脂を分解してプロピオン酸と呼ばれる脂肪酸とグリセリンを作ります。この脂肪酸は皮脂膜を形成して、病原菌などの侵入や紫外線から皮膚を保護しています。しかし、過剰に増殖すると化膿性皮膚炎症(ニキビ)をおこします。この菌はニキビの原因となる菌としてよく知られていますね。(出典)
プロピオン酸とは、炭素数3の短鎖脂肪酸です。不快な臭気を有するとあります。ニキビをつぶすとくさいのはこれですか。短鎖脂肪酸はくさいのが特徴です。
表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)
主として鼻腔や表皮に常在する。通常は非病原性であり、他の病原菌から表皮を守るバリアーや、表皮を健康に保つ役目を果たしている菌ですが、体内に侵入すると病原性を発することがあります。
表皮ブドウ球菌とアクネ菌は酵素リパーゼによって皮脂の脂肪を分解して弱酸性の脂肪酸を分離し、その遊離脂肪酸が他の菌に対しての抗菌バリアの役割をします。(出典)
皮膚表面が弱酸性といわれますが、脂肪酸由来の酸性だったのですね。表皮ブドウ球菌が活発に働いていると、アルカリ性を好む黄色ブドウ球菌は、たくさん増えることができません。
足の臭いは、短鎖脂肪酸であるイソ吉草酸によるものですが、その発生には、表皮ブドウ球菌が大きく関与しているそうです。(出典)
アクネ菌、表皮ブドウ球菌がつくる短鎖脂肪酸について、以前、短鎖脂肪酸はくさいという記事を書いています。
マラセチア菌(Malassezia)
マラセチア菌は、環境には存在せず、ヒトや動物の皮膚に常在する担子菌系の酵母で、増殖に脂質を要求することから、皮脂の多い部位に定着しやすいとされています。(出典)皮脂が多いと、脂漏性皮膚炎やフケの原因になります。
ミクロコッカス属(Micrococcus spp.)
ミクロコッカス属は、表皮ブドウ球菌と同じ部位に生息し、分離頻度は表皮ブドウ球菌よりかなり少ない。一般的には病原性はほとんどないとみなされています。(出典)
どうやら、表皮ブドウ球菌とアクネ菌のタッグで皮膚は守られているようです。脂肪を分解すると、脂肪酸とグリセリンになりますが、どんな脂肪酸が皮膚にはあるのでしょう。
皮脂の脂肪酸組成が知りたい
単純に、皮脂の脂肪酸組成は食べものに影響されているのだろうと思っていました。今の時代ならリノール酸が多いのかなと思っていましたが、意外にも炭素数16のパルミチン酸が多いのだそうです。
なかなか文献が見つかりませんでしたが、名古屋女子大学のサイトにあった食餌脂肪の皮膚排泄脂肪におよぼす影響 : I.コーンオイル食の汗,皮脂および血清脂肪酸におよぼす影響を読ませていただきました。
この論文に出てくる実験は、強制的に発汗するように実施されており、汗をすぐに拭き取って分析していました。その結果、C16:0パルミチン酸、C18:1オレイン酸、C18:0ステアリン酸の順に多いことが分かりました。
次に話題にするC16:1であるパルミトレイン酸がごくごくわずかしか検出されていないのは、被験者が若い女子大学生だったからだと思います。後で説明しますが、年齢の影響があるのです。
当初、私は、食べものによって皮膚に出てくる脂肪酸が変化するだろうと思っていたのですが、検出される脂肪酸の種類の順番は、個人差がなく、一般的な傾向のようです。
ただ、この実験のテーマであるコーンオイルをとるようにすると、脇の下にあるアポクリン腺からだけコーンオイル由来のリノール酸が多く検出されていました。アポクリン腺は食べたものの影響を受けるのかもしれません。
加齢とともに増えるパルミトレイン酸から2-ノネナールができる
別な論文、加齢臭発生機序に基づく対処商品の開発を読むと、2-ノネナールがどのようにできるか分かってきました。
もともとの物質は、C16:1のパルミトレイン酸です。パルミトレイン酸は、炭素数16でオメガ7の不飽和脂肪酸です。
パルミトレイン酸は、加齢とともに増える脂肪酸だそうです。
パルミトレイン酸は脂肪酸合成過程で初めてできる二重結合を1個もった脂肪酸
オメガ7のパルミトレイン酸は、今までなじみがないので調べてみました。KEGGのFatty acid biosynthesis(脂肪酸生合成の反応経路)にHexadecenoic acid(パルミトレイン酸の別名)の名称で出ています。
そもそもはこの反応経路、炭素数2のアセチルCoAからスタートして、炭素数を2個ずつ延ばしながら、炭素数18のステアリン酸とオレイン酸ができるまでが書かれています。
炭素数16のパルミトレイン酸は、ほとんど終わりの方ですが、炭素数16のパルミトイル-ACP(Palmitoyl-ACP)にΔ(デルタ)-9不飽和化酵素が作用してできます。(出典)
Δ(デルタ)-9は、場所を表しています。カルボキシ基(-COOH)から数えて9番目の炭素に二重結合をつくります。
皮脂成分スクアレンの過酸化物にパルミトレイン酸が過酸化される
パルミトレイン酸が、過酸化されると、2-ノネナールになります。過酸化の原因になるのは、皮脂の成分であるスクアレンが紫外線などで過酸化され、スクアレンモノヒドロペルオキシドになり、それによってパルミトレイン酸が過酸化され、2-ノネナールになっていくようです。
ヒト皮表においては紫外線等酸化反応の最初のターゲットはスクワレンであり,生成するSQHPOから他の脂質クラスへの酸化反応の伝播により皮表における脂質過酸化反応がスタートする。
今回われわれは,in vitroで加齢臭発生を再現する系として,不飽和アルデヒドの生成を一つの指標に,脂質SQHPO共存系を検討した。
まず,SQHPOを共存させずPOAのみを37℃保温した場合には,3日間保温してもノネナール等不飽和アルデヒド類は機器分析において検出限界以下で,官能的にも加齢臭は感じられなかった。
一方,POAにSQHPOを共存させることにより3日間37℃保温によりノネナールをはじめとしてオクテナール,ヘキサナール,ヘプタナールが生成し,官能的にも加齢臭が感じられた。
脂質・SQHPO共存系において加齢臭キー成分ノネナールの生成を認めたことはSQHPOよりPOAパ ル ミ トオ レイ ン酸への酸化連鎖反応の進行により説明されるものであり,加齢臭の発生をよく再現したモデル系と考えられた。
SQHPOは、スクワレンハイドロパーオキサイド(図ではスクアレンモノヒドロペルオキシド)のことです。スクワレンは別名スクアレンともいいます。念のため構造式を書いておきます。スクワレン(スクアレン)の過酸化物です。
スクアレン自体は、コレステロールの生合成はアセチルCoAからスタートするで書きましたが、体の中でコレステロールをつくる時に途中でできる物質です。
スクアレンは強い紫外線によって100分子につき1分子過酸化される
さらに、皮膚における過酸化反応とその防御を読むとスクアレンが過酸化される話が出て来ました。
太陽光を照射したヒト額部より採取した脂質,洗髪より所定時間後に採取したヒト頭皮の脂質,およびフケ中の脂質分析により,通常の生活環境下でも生体脂質成分であるスクアレンが過酸化反応を受け,皮表上でスクアレン分子に1個ヒドロペルオキシル基が付いたスクアレンモノヒドロペルオキシドが生成することを明らかにしてきた。(中略)
スキー場で快晴時のフィールドテストの結果では,スクアレンモノヒドロペルオキシドは皮表に照射されたUVエネルギーに比例して生成した。
また個人によって感受性は異なるが紫外線が一番強い10時から14時の間に1h程スキーをすると皮表では100分子のスクアレンにつきほぼ1分子の割合でスクアレンモノヒドロペルオキシドが生成した。
POAは、パルミトオレイン酸のこと。
過酸化の道のりを説明できないのですが、反応式はありましたので載せておきます。
NOTE
初め、皮膚の常在菌が、皮脂を分解して2-ノネナールをつくっているのかと思いましたが、そうではないようですね。
皮脂のうち、まずスクアレンが太陽光の紫外線によって過酸化され、スクアレンモノヒドロペルオキシドになります。
常在菌は、皮脂のトリグリセリド(脂肪、油)を分解して遊離脂肪酸をつくります。皮脂に含まれる脂肪酸は、炭素数16の飽和脂肪酸パルミチン酸が一番多いです。その中で炭素数16の一価不飽和脂肪酸、パルミトレイン酸が過酸化されます。
パルミトレイン酸は、からだの中でアセチルCoAからの脂肪酸合成経路でつくられます。また、炭素数18のオレイン酸をβ酸化して、炭素数を2個減らすとパルミトレイン酸になります。オレイン酸はオリーブ油の主成分ですが、ヒトの体内でも合成されます。
そして、いくつかの段階を経て、2-ノネナールができます。