この記事では、大豆油などを抽出するときに使われる溶剤ヘキサンについて、構造や性質について説明し、実際に油を抽出するときの手順と、その後毒性をもつヘキサンをどのように取り除くかを調べて書きました。
ヘキサンはメタンやプロパン、ブタンの仲間
ヘキサンと聞いても分からない人も、メタンやプロパン、ブタンと聞くと、「ガス」「燃料」と思い浮かべるでしょう。
都市ガスはメタンです。また、ブタンは登山用の携帯コンロに使うガスです。
炭素(C)と水素(H)だけからできている物質で、空気中で点火すると多量の熱を発生して燃焼します。
まず、構造を見てください。全く同じです。炭素数が増えて横に長くなります。
このように、炭素(C)同士が単結合の炭化水素をアルカンと呼びます。
炭素の数が増えると融点・沸点は高くなる
高校生向けの参考書理解しやすい化学Ⅰ・Ⅱ (改訂版)にはこんな表が出ていました。これを見ていくと、性質がわかります。
メタンやプロパン、ブタンは気体でヘキサンは液体
炭素数、つまりCの数が小さい時は常温で気体です。メタンもプロパンもブタンも常温では気体で、火をつければすぐにボーッと燃えます。
表の分子式を見ると、炭素の数が分かります。
炭素数5のペンタンから炭素数10のデカンまで、常温では液体です。ヘキサンも常温では液体です。
名称 | 分子式 | 融点(℃) | 沸点(℃) | 常温 |
メタン | CH4 | -183 | -161 | 気体 |
エタン | C2H6 | -184 | -89 | |
プロパン | C3H8 | -188 | -42 | |
ブタン | C4H10 | -138 | -1 | |
ペンタン | C5H12 | -130 | 36 | 液体 |
ヘキサン | C6H14 | -95 | 69 | |
ヘプタン | C7H16 | -91 | 98 | |
オクタン | C8H18 | -57 | 126 | |
ノナン | C9H20 | -54 | 151 | |
デカン | C10H22 | -30 | 174 | |
オクタデカン | C18H38 | 28 | 317 | 固体 |
ヘキサンは炭素数6の炭化水素
ヘキサン (hexane) は有機溶媒の一種として知られています。溶媒(ようばい)については少し後で説明します。
ヘキサンの形を直鎖状アルカンといいます。アルカンというのは、鎖式飽和炭化水素のことで、読んで字のごとく、直線的に並んだ炭素の腕のすべてに水素が結合しているものです。
分子式 C6H14であり、示性式CH3(CH2)4CH3で表されます。
ヘキサンの構造式は簡略化されたものだと下図のようになります。炭素と水素だけで構成されていますから、何の記号も出て来ません。これだとわかりにくいので、久しぶりに炭素と水素を全部書いた構造式を上に載せました。
5個の構造異性体がある
さらにヘキサンには、分子式 C6H14の構造異性体がヘキサンも含めて5つあります。見づらいので、ヘキサンを最初に水素表示あり/なしで書き、構造異性体は、水素表示なしで書きました。他の異性体と区別するため、ヘキサンは、n-ヘキサン(ノルマル:「普通」)とも呼ばれます。
油の抽出に使用されるのは、下図のn-ヘキサンです。
ヘキサンの性質
ヘキサンは常温では無色透明で、灯油の様な臭いがする液体。融点は、-95℃です。常温では液体です。沸点は69℃です。この沸点は重要なので、太字にしておきました。
ヘキサンは溶媒としてよく使われます。
溶媒とは、他の物質を溶かす物質のことをいいます。たとえば油性ペンキは水に溶けないですがシンナーには溶けますね。そのシンナー(薄め液)が溶媒です。溶けるもの、この場合油性ペンキは溶質といいます。
ウイキペディアにはこのように書かれています。
溶媒(ようばい、英: solvent)は、他の物質を溶かす物質の呼称。
工業分野では溶剤(ようざい)と呼ばれることも多い。最も一般的に使用される水のほか、アルコールやアセトン、ヘキサンのような有機物も多く用いられ、これらは特に有機溶媒(有機溶剤)と呼ばれる。(出典)
溶媒と溶質は大別すると「極性(親水性)」と「無極性(疎水性)」とに区分することができるそうです。極性といわれると化学の知識がない私は困ってしまうので少し調べました。

親水性、疎水性といってもらうと意味がわかります。水に溶けるかどうかということです。
塩は水に溶けますが(親水性)、油は水に溶けません。(疎水性)
極性溶媒は極性物質との組み合わせが良く、無極性溶媒は無極性物質との組み合わせがよいとされ、これは「似たものに溶ける」といわれる性質だそうです。このあたりは深く追求する必要がないので、そういうものだと思っておきましょう。油は水に溶けないというのが象徴的なことです。
ヘキサンはガソリンに多く含まれていて、ベンジンの主成分です。パーツクリーナーにも使われているので、メカが好きな人は、「ああ、あのにおいか」とお分かりになるでしょう。
ヘキサンには毒性もあります。
油を抽出する
ヘキサンは油脂抽出に使われています。
大豆油はヘキサンを溶剤として油脂を抽出したものです。大豆は油脂含量が少なく、20%程度しかありません。そのため、ただ圧搾しただけではうまく油を得られないのです。
また、なたねトウモロコシなど油脂含量が多い原料の場合も、圧搾して油脂をしぼったあとの搾りかす(油粕)からさらに油脂を抽出するために使われます。
具体的にどのように使われるか
実際、どのような作業をするのか調べてみました。
昔の特許を調べていくと、特開昭56-32596「食用油脂の製造法」に事例が出ていました。
この発明の実施例では、原料をなたねとして、n-ヘキサンを溶媒として使用していました。
実施例は、おそらく実験室での製造例ですが、規模が大きくなり工業的に生産する場合も原理は変わりません。
なたねを使った実施例はこのように書かれていました。
鉄鍋に原料なたね8kgを張り込み、攪拌しつつ直火で加熱し品温を220℃に30分間保つ。
放冷後この焙煎なたねをローラーにより圧扁粉砕したのち、ステンレス製ソックスレー型大型抽出機でn-ヘキサンにより4時間抽出し、ミセラを蒸留缶にとり、大部分のn-ヘキサンを留去し、さらに減圧下に90~100℃で脱溶剤し、粗油3.5kgを得た。
焙煎したなたねを、ローラーをかけてペッタンコにして粉砕します。その上で、「ソックスレー型大型抽出機」という機械の中で、4時間かけてn-ヘキサンに油を溶かし出します。
抽出ミセラとは、油分を多く含んだn-ヘキサン溶液のことです。
ソックスレー型大型抽出機
ソックスレー型大型抽出器について調べていたら、ソックスレー抽出の原理が書かれているイビデンエンジニアリング株式会社のページを発見しました。こちらのページには写真も出ていますので、見ていただいた方が理解しやすいです。
ソックスレー抽出では固体状の物質から、溶剤を使って溶剤に可溶な目的成分を溶解、抽出することができます。
ソックスレー抽出器は、最下部にヒーターと溶媒を入れた容器、中間に固体の試料を入れたろ紙が入る筒、最上部に冷却管がついた装置です。
溶媒容器を加熱すると溶剤は蒸発し、最上部の冷却管で冷やされて、固体試料に滴り落ち、溶媒可溶分を少量溶かしこんだ後、溶媒容器へと戻ります。
溶媒可溶分は溶媒より沸点が高いため、このサイクルを繰り返すことで、溶媒容器内には徐々に溶媒可溶分が濃縮され、ろ紙内に溶剤不溶分が残ります。
還流する溶媒は目的成分を含まないので飽和することなく、比較的少量の溶媒で効率よく抽出できるのが利点です。
ヘキサンを循環させて油を溶かし出す仕組み
ソックスレー抽出器は、少量のヘキサンを使って(この場合)なたねから油を抽出することができる機械です。
最初にn-ヘキサンを加熱して蒸発させ、上で冷やして滴り落ちる仕組みが、動力を使わないで溶媒を繰り返し循環させることを可能にしています。
ローラーをかけてペッタンコにして粉砕された、なたねに、何度も何度もn-ヘキサンを上からかけて含まれている油を溶かし出すのです。
油は溶媒容器にたまっていく
油はヘキサンに溶けます。そして元の溶媒容器にたまります。そこで再びヘキサンと油の混合物を加熱すると、ヘキサンの沸点は69℃ですから先に蒸発してしまいます。
溶媒容器には、油が残ります。
一方、油の沸点は、油が単一の物質ではなく、脂肪酸によって変化します。しかし、単純に考えて、天ぷらを揚げるときには油は180℃くらいが適温などといわれていますから、そのぐらいの温度まで熱してもそう簡単に蒸発することはありません。
実際、大豆の脂肪酸の半分を占める不飽和脂肪酸のリノール酸の沸点は229℃。飽和脂肪酸のパルチミン酸の沸点は、351℃。同じく飽和脂肪酸のステアリン酸の沸点は380℃です。
この機器の中で、油は溶媒容器にたまっていきます。そして、n-ヘキサンに溶けないものは、ろ紙に残る仕組みです。
ヘキサンは減圧して加温して蒸発させる
その後、n-ヘキサンは、蒸留缶で蒸発させられます。
さらに、減圧して90~100℃に加温され、さらに念入りに沸点が69℃のn-ヘキサンを減圧した状態で蒸発させるのです。完全に蒸発させるためです。
減圧すると沸点が下がる
減圧すると沸点が下がります。標高の高い山に行ってお湯を沸かすと、100℃より低い温度で沸騰します。それと同じことです。
減圧したうえに、もともとの沸点以上の温度に上げるのですから、原理としてはn-ヘキサンは、完全に蒸発してしまうでしょう。
NOTE
調べられたら別な記事に詳しく書くつもりですが、大豆油の溶剤を使った抽出は、イギリスで始まり、もともとはベンゼンが使われ、特許も取得されていたようです。
しかし、ベンゼンは発がん性があるなど人体にはひどく有害なことが分かり、溶剤として使われなくなりました。その後、ヘキサンが使われるようになりました。
この記事を読んで、溶剤ヘキサンを使った油なんて嫌だなあと思う人がいらっしゃると思います。しかし、理科の先生や化学を学んでいる人はほとんど気にしないのではないかとも思います。
何が正解なのか私は正直なところ分からないのですが、もし、抽出した油が嫌いなら、価格の高い一番搾りの植物油かバターやラードなど動物性の脂を使う方法もあります。
ヘキサンを溶剤とする油の抽出方法は、根こそぎ抽出できるらしいので、無駄がありません。植物油の価格がとても安いのは、溶剤によって抽出されることが理由なのは間違いありません。
油の加工について他の記事は、油の加工についてをご覧下さい。