脂肪の歴史を読んだ

脂肪の歴史が知りたいと思う人は少数派だと思います。しかし、なんでも歴史を知ることは、とても面白いものです。

脂肪の歴史 (「食」の図書館 原書房 2016)を読みました。こんな本が読みたいと思っていたのです。よくぞ出してくれたと思います。

いまは嫌われることが多く、なるべくとらないようにいわれる脂肪ですが、その昔、脂肪に価値がなかったとは思えません。

画像にアマゾンへのリンクを貼っておきました。

なぜなら、脂肪が入っていないものを食べると圧倒的に物足りないからです。

子供の頃の話ですが、私は明治屋のピーナッツバターがとてもとても好きでした。砂糖が入っていない塩味のものです。一さじなめると脳みそがしびれます。「ああ、いかんいかん」とフタを閉めるのですが、また開けてしまう。まさに、「禁断の味」でした。

肉を食べるときも、やはり脂身があるところを食べたくなります。脂肪は魅力的なのです。それで、昔は脂肪はどんな風に扱われていたのだろうと思っていました。

以下、読んで面白かったところを拾い書きしておきます。油について調べている方、知りたいと思っている方には読んで損はない本です。

油の入った表現

この本は序章からしびれます。私は英語が得意でないので、こんな言い回しは初めて知りました。

  • 「おしゃべりする(to chew the fat)」
  • 「(人に)へつらう(to butter someone up)」
  • 「金持ち(fat cat)」
  • 「見込み薄(fat chance)」
  • 「利害に敏感である(to know which side one’s bread is buttered)」
  • 「賄賂を使う(to grease one’s palms)」
  • 「文章を飾り立てる(to lard one’s prose)」
  • 「虫も殺さぬ顔をする(to look as if butter wouldn’t melt in one’s mouth)」
  • 「争いごとを鎮める(to pour oil on troubled waters)」

油に関係する単語が、よい意味で使われているのではないことは分かります。何か皮肉っぽい表現ですね。脂肪は、豊かさ、うまみ、冷淡さ、お世辞、賄賂などの意味を表しています。私は、「虫も殺さぬ顔をする」が一番気に入りました。残酷さというよりは、狡猾さが伝わってきます。

ウサギ飢餓

ウサギ飢餓って聞いたこともありませんでした。今は低糖質ダイエットなど極端な食事法が流行るので、こういうことは知っておいた方がよいと思います。

タンパク質過多で死に至る病

脂肪の少ない肉を過剰摂取すると症状がでてくるそうです。

動物性食物源への依存度が高い文化では、脂肪とたんぱく質のバランスを適正に保つことが不可欠で、食事に脂肪が不足すると命取りにもなる。

食糧不足の時期、たとえば温帯地方や北部地域で、狩猟の対象となる動物が痩せほそる晩冬や早春に、人間が脂肪分の少ない肉を過剰に摂取すると、「ウサギ飢餓」と呼ばれるタンパク質中毒に陥る。これは激痛と満たされない空腹に苦しみながら死に至る病気だ。

タンパク質が過多になるのはよくないとは知っていましたが、こんなことがあるとは。健康のためにプロテインを飲んでいる方はタンパク質過多には気をつけてください。

毎日タンパク質過多になると、どんな症状が出てくるかというと、1週間ほどで下痢を起こし、頭痛、倦怠感、ばくぜんとした不安感に悩まされるようになるそうです。

ネットでウサギ飢餓について調べてみると、栄養学のメモと活用さんのウサギ飢餓の謎という記事が見つかりました。読ませていただくと、窒素(N)がアンモニアになるので、それを無害化するのに負担がかかるようです。農業でも窒素肥料のやり過ぎは、病気のもとになります。

もちろん、炭水化物や脂肪があれば話は別なのでしょう。

防腐剤としての脂肪

脂肪の昔々の利用法の一つに、防腐剤として使われた歴史があるそうです。防腐剤としての脂肪なんてタイトルを見ると、「?」と思いますが、よく読んでみるとなるほどなあと思います。

イギリスの瓶詰肉やフランドル地方のポチュヴレシュ(子牛肉、鶏肉などの肉類とタマネギやローリエなどを豚の背脂を塗った容器に入れ、オーブンで煮込んだ料理)から、フランスのパテ、テリーヌ、リエット(みじん切りにした豚肉をラードの中で加熱し、ペースト状にしたもの)まで、家庭では熱を通さない脂肪の性質を利用して、みじん切りやミンチにした肉を保存した。

ポチュヴレシュは、ウェルシュとポチュヴレシュ リールの郷土料理という記事に料理の写真がでていました。なるほど、保存性をよくする料理だったのですね。

熱を通さない脂肪というのは、脂肪が温まりにくい性質を利用しているのです。酸素も通さず、植物油脂と違って飽和脂肪酸が多い脂肪ですから、酸化されにくい性質もありました。

油で覆って空気にふれさせない

オリーブオイルは使われてきた歴史がとても長い油ですが、食品の保存にもつかわれていました。油で覆ってしまえば空気に直接ふれません。

季節の野菜、オリーブ、チーズ、魚、ハーブなどを保存する油脂としてオリーブオイルが好んで使われている。

肉を覆って保存する場合、液体油も固形脂肪と同様の役割を果たす。乾燥させたり酢漬けや塩漬けにした食材をオリーブオイルで覆うと密閉状態になり、酸化やカビの繁殖が防げるのだ。

飽和脂肪酸が悪者になったとき

この本を最初から読んでいくと、脂肪の魅力や価値が分かり、脂肪がいつから悪者になったんだろうと思うようになります。どうやらそれは第二次大戦後のアメリカからでした。今から70年くらい前と思えば、ずいぶん前ですが、人が食べてきた歴史からいったら最近のことです。

アイゼンハワー大統領の心臓病がきっかけに

アメリカは第二次大戦後、ベトナム戦争で苦しむようになるまで、繁栄を誇っていました。

1955年にドワイト・D・アイゼンハワーがアメリカ合衆国大統領としての1期目の任期途中に深刻な心臓発作を起こすと、心臓病という問題に対する認識は一気に広まった。

病から回復したアイゼンハワーは、当時の新しい医学の統一見解に従い、ベーコン、ソーセージ、ポリッジ(水または牛乳でオートミールなどを煮た粥状のもの)、パンケーキといういつもの朝食をはじめとして、以前の高脂肪食品中心の食事を低脂肪の食事とエクササイズの習慣に変えた。

第二次大戦が終了して繁栄が進むにつれ、アメリカ人の食生活が変化し、多くの脂肪と赤身肉をとるようになっていました。

部分硬化植物油に入れかえ

1961年(昭和36年)頃には、動物性脂肪やトロピカルオイル(注:ココナッツオイル、パーム油など)に含まれる飽和脂肪酸は血液中のコレステロール値を上げ、冠動脈性心疾患のリスクを高めるが、逆に、ナッツ、種子、魚油に含まれる不飽和脂肪酸は、コレステロール値を下げて心臓病のリスクが低下するという話が出されています。

1977年には、脂肪の摂取を減らすべきだという意見が、「米国の食事目標」に正式に採用されました。

そして、1990年頃に動物性脂肪や、トロピカルオイルであるココナッツオイルやパーム油などが食品会社では部分硬化植物油に替えられました。

これは例えば、大豆油に水素添加した油です。不飽和脂肪酸に完全に水素添加すれば飽和脂肪酸になってしまいますが、手加減を加えると、不飽和脂肪酸を残した油ができます。もちろん、トランス脂肪酸もできます。

1986年にはバーガーキングが部分硬化植物油への転換を済ませ、マクドナルドもフライドポテト以外、全ての商品で転換したそうです。

トランス脂肪酸に疑問はあった

一方、今や常識のトランス脂肪酸について、1959年には健康に悪影響をあたえるのではないかという話が出ていたそうです。しかし、その頃はそれでも部分硬化植物油は飽和脂肪酸の代替物としてより安全だというのが通説だったようです。

実際にしばらく使われてみないと分からなかったのでしょうね。そして、トランス脂肪酸が問題になります。

トランス脂肪酸

部分硬化植物油は心臓のためによいとされていた話は、1990年と1993年の研究で終わります。

1990年の研究では、トランス脂肪酸はLDL(いわゆる「悪玉」コレステロール)値を上昇させ、HDL(「善玉」コレステロール)値を低下させることによって、心血管疾患の発症に大きく関与することがわかった。

1993年の研究では、部分硬化植物油の形でのトランス脂肪酸の摂取は、心血管疾患と正の相関関係があることが明らかになった。

2001年から2008年までに食品業界のトランス脂肪酸の使用量は少なくとも半減したそうです。さらに、FDAは2013年にトランス脂肪酸は「一般に安全と認められる食品(GRAS)」ではないと決定しました。

食品業界に残された選択肢は、3年以内に段階的にトランス脂肪酸の使用をやめるか、食品添加物として、使用継続の承認を求めるかどちらかになりました。

日本とアメリカはずいぶん時間差があるなと思います。日本ではマーガリンはまだ販売されています。たまにホテルに泊まると朝食のパンの横に小分けされたマーガリンが置かれています。

それにしても、アメリカではこの間50年くらい。動物の脂肪と飽和脂肪酸が否定され、部分硬化植物油に変わり、それがまた否定されて、現在は、一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に変えるようにすすめられているそうです。

細かくいえば、このブログで書いている通り、多価不飽和脂肪酸といっても、オメガ6のリノール酸はとりすぎなのでオメガ3系の油にすることがすすめられています。ご承知の通りです。

NOTE

この本はページ数は本文で157ページとそれほど多くないのですが、この本からまた調べ物を始めることができそうです。よい本です。

アメリカでは、不飽和脂肪酸が悪者になってから50年くらいの間に、部分硬化植物油が否定され、一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に変えるようにすすめられ、今は多価不飽和脂肪酸のうち、必須脂肪酸ですがリノール酸のとりすぎが問題になっています。

日本はそこから遅れながらも大体同じ道のりを歩むことになるようです。

多価不飽和脂肪酸はからだによくて、脳や神経細胞にとって必要なことはよく知られるようになりましたが、酸化されやすい性質を持っています。

α-リノレン酸をたくさん含むえごま油や亜麻仁油が普通に買えるようになりましたが、またあるときから、アメリカで「酸化されやすいからやっぱりだめだ」なんていわれないとよいのですが。

タイトルとURLをコピーしました