油の融点を変えるエステル交換

エステル交換は、油脂を構成する3本の脂肪酸を入れかえて油の性質を変える技術です。具体的には、融点が変わります。脂肪酸を入れかえる原理は意外と簡単で、触媒の存在下で温度を上げると、脂肪酸がランダムに変わります。

また、温度を低くしてエステル交換すると、飽和脂肪酸ばかりでできた油脂と不飽和脂肪酸ばかりの油脂を増やすことができます。これはマーガリン製造に役立ちます。

脂肪酸

油の性質を変えるには脂肪酸を変化させる

油の性質を決めるのはグリセリンに結合している3本の脂肪酸です。そして油の性質は「固まりやすい」「固まりにくい」という融点が影響しています。

脂肪酸の性質は、飽和脂肪酸は融点が高く、不飽和脂肪酸は融点が低い性質があります。このあたりのことは油の融点からダイエットを考えるに書きました。また、一般に炭素数が多い方が融点が高くなります。

たとえば、植物油からマーガリンをつくる時は、さらさらの油から融点の高い油にする必要があり、また、冷蔵庫から出してすぐにパンに塗ることができる適度な柔らかさが必要になります。

そのための一つの方法は、大豆油など不飽和脂肪酸が豊富な植物油に水素添加する方法でした。水素添加については油脂の水素添加についてで書きました。しかし、水素添加するとトランス脂肪酸ができてしまう問題があります。

ところで、油の融点を変えるには、もう一つ、グリセリンに結合している3本の脂肪酸を入れ替える方法があります。エステル交換という方法です。

油脂化学の知識 改訂新版 幸書房(2015)を読みました。

エステル交換は脂肪酸を入れかえてしまう

エステル交換は、油を構成する脂肪酸を入れかえてしまう方法です。反応が起きやすくなるように触媒を使い、温度を上げます。

油(脂肪)は有機酸である脂肪酸と、三価のアルコールであるグリセリン(グリセロール)が脱水縮合(結合するときに水を切り離す)したものでエステルと呼ばれます。

エステル交換にはいくつか方法がありますが、ここでは、分子間エステル交換について書いておきます。

温度を上げると脂肪酸がランダムに交換される

油脂は混合トリアシルグリセリンの混合物であるから,油脂に触媒としてナトリウムメトキシドあるいは水酸化ナトリウムを加え,80℃に加温するとアシルグリセリン分子間でアシル基の交換がランダムに起こり(ランダムエステル交換),油脂の融点やその他の物理的性質が変化する.

例えば このような処理を加えると大豆油の凝固点は-7℃から+6℃に上がり.綿実油では凝固点が10℃から34℃に上昇する.

まずは下図を見てください。

エステル交換

今、油脂Aと油脂Bがあります。油脂Aの右側にあるOCOR1、OCOR2、OCOR3・・・はそれぞれ脂肪酸だと思ってください。ついている数字は、それぞれ固有の脂肪酸を表しています。数字が違えば、脂肪酸も違うということです。

  • 油脂Aは、脂肪酸1、脂肪酸2、脂肪酸3とグリセリンからできた油です。
  • 油脂Bは、脂肪酸4、脂肪酸5、脂肪酸6とグリセリンからできた油です。

油脂Aと油脂Bを混ぜて触媒CH3ONaとともに反応させると、油脂Cと油脂Dができます。

違いを見てください。油脂Cは、油脂Aの脂肪酸3が脂肪酸4に変わり、油脂Dは、油脂Bの脂肪酸4が脂肪酸3に変化しました。

CH3ONaはナトリウムメトキシド といい、メタノール(メチルアルコール)に金属ナトリウムを溶かしたときに生成する化合物です。(出典

外見は白色の粉末で、湿気には弱く、水とは速やかに反応してメタノールと水酸化ナトリウムになります。ナトリウムメトキシドは触媒として使われます。触媒は、反応に関わりますが、自分自身は何も変化しません。

油脂Aと油脂Bはそれぞれ結合していた脂肪酸が変化がしたので、それぞれ別の油脂になりました。

もう少し詳しく説明しましょう。

一例として、1-パルミトイル-2,3-ジオレオイルグリセリン(POO)をエステル交換した場合が本に書かれていました。P(パルミチン酸)とO(オレイン酸)の組み合わせです。

下図の上に書かれているのが元のPOOです。これがsn-1位とsn-3位を区別しない場合、エステル交換するとその下に書かれているような組み合わせの6種類の油脂ができます。

もとのPOOは1個しかないわけではありません。たくさんあるので、脂肪酸もバラバラになってたくさんあるのです。

(POO)をエステル交換

ラードの品質向上に

豚脂(ラード)の品質向上のためにエステル交換する例が書かれていました。先に表を載せておきます。Sは飽和脂肪酸(Saturated fatty acid)、Uは不飽和脂肪酸(Unsaturated fatty acid)を表しています。

S3は油脂が飽和脂肪酸3本からできていること。S2Uは飽和脂肪酸2本と不飽和脂肪酸1本からできていることを意味しています。

S3 S2U SU2 U3
無処理豚脂 3 25 53 19
処理豚脂 4 27 46 23

豚脂に分子間エステル交換を施した時のトリアシルグリセリン組成の変化を示したものであり,飽和脂肪酸をSで不飽用脂肪酸をUで表わすと,最も含量の多いSU2型が減って,その他の型のトリアシルグリセリンが増加している.

エステル交換は豚脂の改良法として実用的に重要である.元来,豚脂(天然ラード)はその成分の1つであるパルミト―オレオ―ステアリンが大粒のザラザラした結晶を作りやすいため,保存中にキメが粗くなる欠点がある.

豚脂に分子間エステル交換処理を加えると,これらはパルミト一オレオーステアリンの異性体の混合物に変わり,この異性体は元のトリアシルグリセリンよりも融点が低いので結晶化しにくく,豚脂のキメが改善される.

表では飽和脂肪酸1本に不飽和脂肪酸が2本ついた油脂が一番多いです。

しかし、本文で出てくるザラつきの原因になる脂肪酸の組み合わせは、パルミト-オレオ-ステアリンですが、飽和(パルミチン酸)-不飽和(オレイン酸)-飽和(ステアリン酸)のことです。表の記号で表すと、S2Uです。

本文をさらっと読むと、最も含量の多いSU2型が減ったことでザラつきが減ったと言いたかったのかと思いましたが、どうもそうではないですね。

改めて探してきたエステル交換反応とその食用油脂工業への利用を読むと意味がわかりました。

パルミチン酸とステアリン酸の組み合わせが激減する

文中、β位は、グリセリン(グリセリド)のsn-2位のことです。

エステル交換反応がそのカを最も発揮した分野は,ラードの改質である。

既に述べたように,ラードのグリセリドは,その特徴として,β位にパルミチン酸の結合した1不飽和2飽和グリセリド(S2U)は,ほとんどStPU(St:ステアリン酸,P:パルミテン酸)であり,あるラードにおいて26%含み,これがランダム化すると,S2Uとしては25%にかわるが,StPUとすると3.4%に激減する。

ラードがエステル交換しない揚合に結晶のβ化による粗大化をおこして,固型脂としては使用しにくい製品になるのは,主としてStPUの結晶性による。

ラードのS2Uは、ほとんどパルミチン酸とステアリン酸だったのが、ランダム化すると「3.4%まで激減する」ことが知りたかったことです。なるほど。このようになれば、ラードからパルミト-オレオ-ステアリンの組み合わせによるザラつきが減ることがわかります。

デイレクテッドエステル交換反応

エステル交換反応の中には、温度をコントロールすることで、油脂の性質を揃えることができる方法があります。

一般に飽和脂肪酸は融点が高いです。その性質を利用して、低温でエステル交換反応を行います。まず、飽和脂肪酸だけでできた融点の高い油脂が結晶化します。それを取り除きます。

その後も飽和脂肪酸だけでできた油脂がつくられやすくなり、結晶化します。これを繰り返すと、不飽和脂肪酸ばかりでできた油脂が残ります。

脂肪の溶ける温度範囲が広がる

再び、油脂化学の知識 改訂新版 幸書房(2015)からです。

10-40℃の低温で行う方法もある.この方法は,交換生成物のなかの融点の高いトリアシルグリセリン(主としてS3型)が,反応液中で結晶化する温度で行う.

結晶化したSを系外に取り出すと反応液中の組成分布が崩れ,S3を生成する方向にエステル交換反応が進む.この繰り返しによって,系内ではU3が濃縮されることになる.

このような反応をデイレクテッドエステル交換反応と言い,生成したS3が結晶化して交換反応に関係がなくなることより,さらに残った未反応トリアシルグリセリンの交換反応を促進することになる.

こうして低温でのエステル交換を続けると高温の場合と逆の結果になりS3とU3の割合が増え,SとUの混合型(S2U,SU2)が減少する.そしてSとUの混合型が減ることにより,脂肪の溶ける温度範囲が広がることになる.

このことは,マーガリンなどの食用固体脂にとっては好ましい性質である.

マーガリンは、冷蔵庫から出してすぐにパンに塗っても溶けることが求められます。S3とU3の割合が増えていますから、U3が増えたことで、マーガリンの油脂の中で低い温度で溶ける部分が増えています。

また、常温に置いても、S3の割合が増えているので、ドロドロにとろけてしまわず形を保てます。

なかなか面白い技術だなと思います。

油は混合物

油にはいろいろな種類がありました。亜麻仁油、なたね油、大豆油、オリーブオイルなどなど。それぞれを構成する油は単一の油ではありません。

グリセリンについている脂肪酸はさまざまです。1位オレイン酸、2位αリノレン酸、3位、パルミチン酸や、1位オレイン酸、2位、オレイン酸、3位、パルミチン酸だってあります。様々な脂肪酸の組み合わせでできた油の混合物が、亜麻仁油、なたね油、大豆油、オリーブ油となっています。

NOTE

エステル交換の技術は、もともとラードの品質改良のためにできたものだそうです。油脂のエ ステル交換にはこんなことが書かれていました。

油脂のエステル交換の歴史は古く,1940年代に米国P&GE社のE.W. EckeyならびにA.D. Abbottらによりエステル交換を用いたラードの改質技術が実用化されたことから,1950年代より本格的な工業化が加速された。

特に米国において,植物硬化油に置き換わりつつあったショートニング市場を再びエステル交換ラードにより市場性を回復した例は特筆すべき事実であろう。

油の加工について他の記事は、油の加工についてをご覧下さい。

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