魚油は、脂肪細胞から分泌され体脂肪を減らす働きをもつレプチンの働きを阻害せず、また、脂肪を分解し脂肪酸をアセチルCoAにする細胞小器官ペルオキシソームを増やす、PPARαを肝臓で活性化することで、体重・体脂肪を増加させないことがわかりました。
オメガ3の脂肪酸、または、オメガ3の油でダイエットできるような記事を見かけます。私は基本的に疑り深いので本当かな?と思っています。
信頼できる話があるのか、じっくり検索して調べてみました。
魚油によるマウスの体脂肪蓄積抑制効果に対する脂肪摂取量の影響という論文を読みました。
肥満対策になるか?魚油を使った実験
この実験は、マウスを使った動物実験です。
実験の目的は、肥満対策として、魚油に効果があるのかどうかを調べるためです。
マウスに与えるエサ(食餌)に含まれている脂肪の割合を変え、また、その脂肪を紅花油と魚油に分けて16週与えて、体重、体脂肪などを測定しました。
紅花油はハイオレイックかもしれない
ちなみに論文には、紅花油は紅花食品のものと書かれていました。
この論文が書かれたのは、2008年です。時代的に今ほどではないですが、すでにオメガ3の脂肪酸が話題になっていたころです。現在の紅花食品のサイトには、ハイオレイックの紅花油しか載せられていませんが、この実験に使われたのも、ハイオレイック(オレイン酸が70%以上)ではないかと思います。
実験のあらまし
マウスは次のように5群に分けて行われました。
- ①10en%(10%脂肪エネルギー比)紅花油群
- ②30en%(30%脂肪エネルギー比)紅花油群
- ③30en%(30%脂肪エネルギー比)魚油群
- ④60en%(60%脂肪エネルギー比)紅花油群
- ⑤60en%(60%脂肪エネルギー比)魚油群
これらは、それぞれ、与えるエサの中に含まれている脂肪がカロリー数に対してどのくらいの割合(%)であるかを表しています。
エサは各群の総カロリー数を合わせているわけでなく、自由に摂食できるようになっていました。そのため、各群の摂取エネルギーは、カロリーの高い脂肪の割合が増えるほど上がりますが、平均摂取摂取エネルギーは、1匹あたり9.7kcal/日~10.6kcal/日でした。大きな違いはありません。
実験期間は16週です。
下は実験終了までの体重変化のグラフです。論文中のグラフ画像を切り取って使うわけにはいかないので、真似して自分で描きました。そのため、正確ではありませんので、実際にこの論文にアクセスしてみてください。(冒頭にリンクを貼ってあります)
ただ、全体の傾向ははっきりわかると思います。
脂肪エネルギー比60%紅花油が突出して体重増加
グラフをご覧になればおわかりになるように、60%紅花油群が突出して体重増加しています。しかし、それ以外の群は同じような変化をしていて違いがよくわかりません。
しかし、60%魚油群は、このグラフから体重が増えにくいことがわかります。
魚油は食餌中の脂肪含有量を増やしても体重・体脂肪が増えない
論文の最後にまとめとして以下のように書かれていました。
1) 60%脂肪エネルギー比紅花油食では,体重・体脂肪が増加し,高インスリン血症,高レプチン血症が認められた。
2) 30%脂肪エネルギー比紅花油食でも,16週間の摂取により有意に後腹壁脂肪組織重量が増加した。しかし,高インスリン血症,高レプチン血症は生じなかった。
3) すべての油を魚油に置き換えると,食餌中の脂肪含有量を増加させても有意な体重・体脂肪の増加は生じなかった。30%脂肪エネルギー比魚油食でも,60%脂肪エネルギー比魚油食と同程度に体脂肪蓄積が抑制された。血中インスリン値,レプチン値も魚油食では増加しなかった。
4) 魚油群の血中脂質(中性脂肪を除く)は,いずれの脂肪含有量においても有意な低値を示した。30%脂肪エネルギー比でも,紅花油をマウスに長期間与えた場合には軽度の肥満を生じる可能性が示唆された。すべての油を魚油に置き換えることは,マウスにおいて体脂肪増加抑制および血中脂質の改善に有効であった。
紅花油で体重が増えると高インスリン血症と高レプチン血症になる
60%脂肪エネルギー比紅花油食の場合だけ、体重・体脂肪が増加し,高インスリン血症,高レプチン血症になったとあります。
一方で、30%、10%の紅花油食、60%、30%の魚油食では、体重・体脂肪が増加し,高インスリン血症,高レプチン血症になっていないことにも着目しておきましょう。
以前、肥満になるとインスリンが効きにくくなると聞いたことがあり、なぜなのかなと思っていました。
なぜ高インスリン血症になるのか?
ネットで調べてみると脂肪細胞によるインスリン抵抗性の分子機構に解説がありました。
肥満者では脂肪細胞の肥大を認めるが,肥大した脂肪細胞からは TNFα,レジスチンなどのサイトカインや遊離脂肪酸(FFA)が多量に産生される.
このうち TNFα,レジスチン,FFAは,骨格筋や肝臓でインスリンの情報伝達を障害し,インスリン抵抗性を惹起する.
サイトカインや遊離脂肪酸がインスリンの情報伝達を障害するのでインスリンが効きにくくなり(インスリン抵抗性)、血糖値を下げるためにインスリンがたくさん必要になります。それで高インスリン血症になります。
サイトカインは、細胞から分泌される生理活性物質です。
TNFα(Tumor Necrosis Factor)は腫瘍壊死因子と呼ばれ、その名の通り、固形がんに対して出血性の壊死を生じさせるサイトカインとして発見されました。(出典)
レジスチンはインスリン抵抗性をもつサイトカインです。(出典)遊離脂肪酸は、脂肪の分解で生じる脂肪酸です。
レプチンと高レプチン血症
レプチンについて、魚油によるマウスの体脂肪蓄積抑制効果に対する脂肪摂取量の影響にこのように書かれています。レプチンはホルモンです。
レプチンは主に脂肪組織で合成され,視床下部を介して摂食を抑制するとともに,末梢組織でのエネルギー消費を亢進させ,肥満や体重増加を制御する。
レプチンが分泌されると肥満を解消するのに役に立ちそうですが、血液中のレプチン濃度が高くなるとはどうしてなのでしょう?
高レプチン血症とは、このような状態になっていると考えられています。
しかし,肥満状態では血中レプチン濃度の著しい上昇にも関わらず体脂肪が低下せず,レプチンの作用障害(レプチン抵抗性)がおこる。
我々の過去の報告でも,60en%紅花油高脂肪食を摂取したマウスでは,肥満,高レプチン血症と同時にエネルギー消費の低下が認められた。このレプチン作用障害によるエネルギー消費の低下が,肥満の原因の一部と推察される。
肥満するとレプチンが効きにくくなり、さらにエネルギー消費が低下する。つまりやせにくくなるのです。
魚油はレプチンの働きを邪魔しない
魚油の場合、60%脂肪エネルギー比魚油でも、体重・体脂肪の増加が抑えられ、血中インスリン値,レプチン値も魚油食では増加しなかったと書かれていました。
その理由は、魚油がレプチンの働きを障害しないためだと考えられています。
一方,60en%魚油食では高レプチン血症は生じず,エネルギー消費も低下しなかった。魚油はレプチンの作用障害を生じないため,エネルギー消費の低下による肥満を防いだ可能性が考えられる。
また,30en%脂肪食では紅花油でも魚油でも高レプチン血症は生じなかった。30en%程度の紅花油食ではレプチン産生臓器である脂肪組織が著明に増大しないため,魚油群と紅花油問の差がなかったと推察される。
さらに、魚油が体重・体脂肪を増加させない理由は他にもあります。
魚油が肝臓でPPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)を活性化させることが関係していると考えられています。
魚油はPPARαを活性化し、脂肪の分解を亢進する
この論文の前に、すでに脂肪エネルギー比60%の紅花油と魚油については実験が行われていて、魚油では肥満を生じないことがわかっていました。論文の緒言にこのように書かれています。
我々はマウスに紅花油を与え,脂肪含量の増加により体脂肪が蓄積し肥満を呈すること(脂肪エネルギー比60%),脂肪源を魚油に換えると肥満を生じない事を報告した。
この作用機序として,魚油は遺伝子発現を制御する転写因子PPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)を肝臓で活性化して脂肪の分解/燃焼を亢進することが推測されている。
作用機序以下が魚油が「肥満を生じない事」の理由になります。
魚油を摂ると、PPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)が活性化され、脂肪の分解/燃焼を亢進することがその理由になっています。
では、このPPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)とは何でしょう?いやいや、その前にペルオキシソームとは何でしょう?
ペルオキシソーム
ペルオキシソームは細胞小器官の一つです。脂肪酸を炭素2個ずつ切り離してアセチルCoAにする、β酸化をする器官です。
細胞の分子生物学第4版(ニュートンプレス)に説明がありました。情報量が多すぎるので、必要なところだけ抜き書きします。(一部、読みやすくするため改変してあります)
脂肪酸をβ酸化で切り離し、アセチルCoAにする
ペルオキシソームは1枚の膜だけで囲まれています。また、すべての真核細胞にあり、カタラーゼや尿酸酸化酵素などの酸化酵素を高濃度に含んでいます。
ペルオキシソームが行う酸化反応のうちで主要なものは,脂肪酸分子の分解である。これはβ酸化(β oxidation)と呼ばれ,脂肪酸のアルキル鎖から炭素原子を2個ずつ順次切り離してアセチルCoAに変換する。
アセチルCoAは細胞質ゾルに運ばれて生合成反応に再利用される。
高校生の時、生物で細胞の画を習いましたが、細胞核やミトコンドリアはともかく、ペルオキシソームなんて出てきたか名前すら記憶がありません。
細胞のどこにあるのでしょう?
ペルオキシソームは細胞内のどこにある
ネットを探してみるとありました。羊土社の実験医学online:第5回 真核生物の誕生2に図が出ていました。リンク先のページの一番最初に出ている図をクリックすると大きくなります。
ここまでで、ペルオキシソームは、細胞の中にある細胞小器官の一つで、脂肪酸を炭素数2個ずつ切り離して、アセチルCoAにすることがわかりました。
次に、最初に出てきた、PPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)について調べましょう。
PPARαは「ペルオキシソームを増殖させる働きをする物質」を受け取る受容体のこと
PPARαは、ウイキペディアに説明がありました。
細胞生物学においては、peroxisome proliferator-activated receptor (PPAR:邦訳は確定的ではないが、「ペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体」など)は殆どの脊椎動物において発現している核内受容体の一種のことである。
細胞内のペルオキシゾームの増生を誘導するレセプターとしてアフリカツメガエルにおいて初めて発見され炭化水素、脂質、タンパク質等の細胞内代謝と細胞の分化に密接に関与している転写因子群であるとされている。
PPAR-αは遊離脂肪酸やロイコトリエンB4などを生理的なリガンドとして活性化され、ペルオキシゾームの増生を通じて血中トリグリセリド濃度の低下を導く。
脂肪酸はPPARαと結合すると、PPARαが活性化されてDNAの転写を制御する領域に結合し、ペルオキシソームが新たに合成されます。
つまり、脂肪酸がきっかけになり、ペルオキシソームが増え、脂肪が貯蔵されずに分解されることになるのです。
リガンドとは、特定の受容体に特異的に結合する物質のことです。リガンドとして遊離脂肪酸と書かれていますが、どのようなタイプなのか書かれていません。
PPARαを活性化するのはオメガ3の脂肪酸
これは魚油によるマウスの体脂肪蓄積抑制効果に対する脂肪摂取量の影響をよく読むと書かれていました。魚油に含まれるn-3系脂肪酸、EPAやDHAのことです。
魚油に含まれるn-3系脂肪酸それ自体がPPARaを活性化することも,魚油が体脂肪を蓄積させない理由の一つであると考えられる。
PPARaはアシルCoAオキシダーゼ(ACO),中鎖アシルCoAデヒドロゲナーゼ(MCAD)などの遺伝子発現を増加し,ペルオキシソームやミトコンドリアでの脂肪の分解/燃焼を促す。
魚油を摂取したマウスの肝臓ではこれらの遺伝子発現が増加することが知られている。
魚油はレプチンの働きを邪魔しないことと、PPARαを活性化することで、体重・体脂肪を増加させないことがわかりました。
NOTE
オメガ3の油はダイエットに役立つという記事は、以前から見たことがありますが、私は疑い深いのでほとんど信じていませんでした。
今回、魚油に体重・体脂肪を増やさない効果があることがわかりました。しかし、脂肪エネルギー比60%は感覚的に多いなと思います。この数字、もう少し身近にしてみましょう。
脂肪エネルギー比60%をヒトの生活に当てはめたら、毎日2000kcalの食事をしている人は、1200kcalが油です。油は1gが9kcalです。1200kcalは、約133gの油を毎日食べることになります。これはあまりにも多いですね。
動物実験は、極端な条件を設定することが多いのです。
実は、脂肪エネルギー比30%は日本人の脂肪摂取量を想定して設定されていました。30%だと、1日65g程度になり、だいたいいい線です。30%の場合、多少紅花油に肥満の傾向がありましたが、魚油と比較してほとんど差がでませんでした。
つまり、魚油は体重や体脂肪を増やさない効果があるけれど、日本人の現在の食生活では差があまりわからないということです。
しかし、魚油がレプチンの働きを邪魔しないことと、PPARαを活性化する働きをするので、他の油に比べて肥満になりにくいことは覚えておきたいと思いました。
しかし、オメガ3の油は、ほとんどが植物油です。α-リノレン酸に同じ働きがあるのか知りたいところです。
その他のオメガ3の効果については、オメガ3の効果についてをお読み下さい。