脂肪が好きなのは本能なのだろうか?

油は、ほぼ無味無臭なのに食品に加わるとおいしさが増します。また、ストレスがかかると、β-エンドルフィンなどオピオイドペプチドの分泌量が増え、それが高砂糖・高脂肪食を食べることを促し満足感を与えるようになります。ついでに食べすぎます。

ドーナツ

油にはにおいも味もほとんどないのだが好まれる

私は、肉でも魚でも少しコッテリした方が好きです。トンカツを食べるならヒレよりロースカツを今でも食べます。脂身がついていた方がおいしい。魚も脂が乗った方がおいしいですね。

考えてみると、野菜サラダにはドレッシングもしくはマヨネーズをかけておいしく食べています。もし、塩や醤油だけしかかかっていなかったら、生野菜をたくさん食べることはできないと思います。

焼肉をたくさん食べるのは男性ですから、男が脂肪好きなのかと思いますが、女性も脂肪が好きです。

それは、お菓子でも同じことだからです。

砂糖だけでできた和風のお菓子よりもドーナツやケーキのように、砂糖と脂肪が混ざっているコッテリした味の方がはるかに美味しく満足感を得られます。

油自体はほとんど無味無臭なのに、なぜ脂肪が入ったものを食べるとおいしく感じるのでしょうか?この記事では、それを調べてみます。

食品を格段においしくする

「おいしさ」の科学 素材の秘密・味わいを生み出す技術 (ブルーバックス 2018)にはこのように書かれていました。

パンにバターやマーガリンをぬったり、サラダにドレッシングをかけたりすると、風味が増しておいしくなります。

また、天ぷら、フライ、ポテトチップスなど揚げ物はカロリーが高そうだなと思ってもついつい食べてしまいます。

このように油脂は、食品の口ざわりを変え、独特の風味を与えます。油脂そのものに味はありませんが、油脂を加えると食品は格段においしくなります。

その理由は、味物質と油脂が共存したときに苦味や酸味などの不快な味を抑え、うま味や甘味などの後味を持続させる役割をしているためではないかと考えられています。

後味を持続させるというのが研究者らしい視点です。なるほどなあと思います。

食べることは心を満足させること

ところで、休日前の夜に念入りにネット検索していたら、ヒトはなぜ甘いものや脂肪分に富む食物を好むのかというとても面白い論文を発見しました。1995年に掲載されたものなので、今から20年以上前の論文です。

食べることは快楽の一つであると昔からいわれています。

しかし、この論文を読むと、ストレスの多い今の時代、甘いものや脂肪分に富むものがストレスから身を守ってくれるものとなっているのかもしれないと思いました。

論文の終わりにこのようなまとめがあります。

ヒトの食嗜好,特に甘いものや脂肪分に富むものといったpalatable(おいしい)ものへの嗜好は,快感原則に強く裏打ちされているということである。

ヒトはそれを食べると快いから,満足感を得られるから食べるのである。そういう認識に立てば,ヒトにとって食べるという行為は,単に生存に必要な栄養素を摂取するという受動的な意味のものに,もはやとどまらなくなってくる。

それは,我々に深い満足感をもたらし,我々が日頃経験している様々なストレスに対して心身を守ってくれるという,積極的な意味合いを持つものへと変わるであろう。

つまり,我々が”人間”として豊かに生きる上で最も大切に考えなければならないものの1つとなるであろう。

何か嫌なことを「食べて忘れる」ことは何度も経験していることです。「やけ食い」もその一つです。

これだけ読むと、そういうこともあるかもしれないなと思うだけなのですが、論文に出てくる実験の内容がとても興味深いのです。

おいしいものを食べるとストレスに耐えられるようになる?

たとえば、こんな実験の話を読むと、どんな感想をもつでしょう?

RowlandとAntelmanは,ラットに対しその尻尾を規則的に軽く挟んでやるというストレスを与え続け,食行動を観察した。

その結果,そのようなストレスを受けたラットは摂食量が異常に充進し,体重も対照群(尻尾を挟まない群)に比べ3倍強の増加分を示すことを明らかにした。

また尻尾を挟まれたラットはよりpalatable(口に合う,おいしい)食物をとる傾向が強かった。このような結果から考えられるのは,ラットは与え続けられたストレスを補償するために,より口当たりのよいものをたくさん食べようとするということである。

何だか身につまされる話です。

あの時、人間関係がうまくいかなくてよく飲んでたなあとか、毎日終電まで働いていた時、食べるしかなくて太ったなあと思い出します。

痛みやストレスから守ってくれるオピオイド作用

ヒトの脳にはβ-エンドルフィンなど脳内物質を分泌して、鎮痛作用や一種の快感を得る仕組みがあります。このようなオピオイド作用がストレスと過食に関係があること、さらに、過食してしまう「甘いものと脂肪分に富んだ食物」に関係があると考えられています。

まず、オピオイド作用をもたらすオピオイドペプチドとはどのようなものなのでしょう?

鎮痛や快感を覚えるオピオイドペプチド

オピオイド(opioid)は英和辞典で調べると、モルヒネ様作用を示す合成麻酔薬(強力な鎮痛薬)と書かれていました。オピウム(opium)はアヘンのことです。

ペプチドとはアミノ酸が2個以上結合したものです。

オピオイドペプチドとはモルヒネ様の作用を示す内因性のペプチドの総称で,脳や腸管,副腎,胎盤,血漿などに分布している。

オピオイドペプチドの最も代表的な働きは鎮痛作用である。

これらオピオイドペプチドは痛覚伝導系のニューロンの神経終末からのP物質放出をシナプス前抑制する結果,痛感の伝達を抑制する。(中略)

また,ストレスとオピオイドペプチドとの関係もかなりはっきりしている。

例えば,ヒトを25分間トレッドミルの上を走らせることで血漿中のオピオイドペプチドの一種であるβ-エンドルフィンの値が大きく上昇して四倍以上にまでなることが報告されている。

長距離ランナーはこの作用によりランナーズハイと言われる一種の快感を覚えているらしい。

ランナーズハイは、走り続けるうちに苦しさから解放されて高揚感を味わう現象です。1980年代に話題になりました。私もよく覚えています。

オピオイドは、「苦痛」とセットになっているのです。鎮痛作用を超えて快感にまでになるのは、分泌されるβ-エンドルフィンの量が多くなったためでしょう。

ここで、上で紹介したラットの尻尾を規則的に軽く挟んでストレスを与える話にもどりましょう。ストレスを受けているラットはもちろん、苦痛を感じています。

β-エンドルフィンが分泌されています。すると、おいしいものをたくさん食べて太るようになります。

ところが、ここで、オピオイドが働かなくする薬を投与すると、過食が抑制されます。つまり、β-エンドルフィンが働かなくなると過食しなくなるのです。

このようなストレスによって誘発される過食はオピオイド拮抗剤ナロキソンによって見事に抑制された。以上の結果は,ラットのストレスによる過食に対してオピオイド作用が深く関与していることを示唆している。

ところで、過食するおいしいものとは、甘いものと脂肪分に富んだ食物です。甘いもの、脂肪分に富んだものはそれぞれおいしいのですが、もちろん、最強は、甘くて脂肪分に富んだ食物です。

高砂糖・高脂肪の食物は満足感や喜びを感じる

甘いものと脂肪分に富んだ食物への嗜好にオピオイドペプチドが深く関わっていることが、ヒトを対象とした実験で確かめられました。オピオイド拮抗剤を投与すると、高砂糖・高脂肪の食物群の摂取量が低下しました。

甘いものと脂肪分に富んだ食物への嗜好にオピオイドペプチドが深く関わっていることを,ヒトを対象として初めて明らかにしたのは,Drewnowskiらのグループであった。

彼らは正常な食欲を示す適正体重の女性,異常に充進した食欲の女性(binge eaterと呼ばれる。この場合その半数は肥満であった)らを被験者として,表1(注:省略)のような四つのカテゴリーの食物群を自由に摂取させた。

bingeは、「どか食い」という意味です。

四つのカテゴリーとは、次の通りです。

  1. 低砂糖・低脂肪
  2. 低砂糖・高脂肪
  3. 高砂糖・低脂肪
  4. 高砂糖・高脂肪

その際に,オピオイド拮抗剤を静脈投与することによって,どのカテゴリーの食物の摂取量を減らすことができるのか検討を行った。

対照群には偽薬として生理的食塩水を静脈投与した。その結果,明らかに第四番目のカテゴリーの高砂糖・高脂肪の食物群の摂取量が低下していた

それに次いで,高砂糖・低脂肪の食物群の摂取量の低下が見られた。それに対し,低砂糖・低脂肪で炭水化物(デンプン)リッチな食物群(第一カテゴリー)の摂取量はナロキソン投与によって上昇していた。

実験を受ける人には、官能検査も行われていました。

ナロキソン投与で味覚は変わらないが喜びの感情が起きなくなる

「甘さ」や「脂っぼさ」を感じる力は、ナロキソンを投与しても全く変化は認められなかったそうです。味覚が変わるわけではないのです。

この実験で、ヒトは甘くて脂肪分に富んだ食物をとると、満足感や喜びといった感情をオピオイド作用を仲介させて感じるらしいことがわかりました。オピオイドをブロックすると、そのような満足感がもはや得られなくなくなるので、高砂糖・高脂肪の食べものへの嗜好が低下するのです。

甘い糖分や脂肪自体にもオピオイド様の作用がある

今までは、オピオイドが働いている時に、甘いものや脂肪分に富んだ食物を好んで食べる話でした。しかし、今度は、先に、甘いものや油を与えた後にストレスを与えるとどうなるかという実験です。

甘いものや油をなめるとガマンできるようになる

甘いものや油をなめさせたラットは、孤独という精神的ストレスにも熱さという肉体的ストレスにも普段より耐えられるようになるという話です。

Blassらのグループはラットにショ糖やコーン油をなめさせた時,ストレスに対してどの程度抵抗性を示すのか検討を行った。

ストレスの与え方とそれに対する応答の解析は以下の通りである。一つは,ラットー匹を仲間から切り離し,心細さのために発する鳴き声の回数を超音波ディテクターで測定するという方法で行った。

もう一つは,ラットの足を熱い板の上に載せさせ,何秒間足を挙げずに我慢できるか測定するという方法であった。(中略)

何もなめさせない場合,また対照として蒸留水をなめさせた場合と比較して,ショ糖溶液をなめたラットの方が明らかに,隔離後の鳴き声の回数が少なかった。

すなわち,ラットはショ糖をなめることによって,隔離からくる精神的なストレスに抵抗できる,言い替えれば精神的不安感を慰撫されていることがわかる。

ショ糖をなめさせたラットは熱ストレスに対してもコントロール群に比べ抵抗性を示し,肉体的なストレスに対してもショ糖はオピオイド様効果を持つことが示された。コーン油についても同様な実験が行われた。(中略)

対照群に比べ,コーン油をなめさせられた群は,足を熱い板の上に置いている時間がかなり伸びていた。

ショ糖は砂糖のことです。

最近、あまり使わないことばですが、「腹ごしらえ」を思い出しました。何か重要なことをする前に、「まず、腹ごしらえしておこう」なんて昔はよく使っていました。

NOTE

甘くて油っぽいものは食べた時に満足感があります。あんパンやまんじゅうもおいしいですが、画像で使ったあんドーナツ、ケーキ、チョコレートなど油が加わるとさらにおいしく感じます。

ストレスを感じると甘くて油っぽいものが食べたくなり、つい、食べすぎてしまう。甘くて油っぽいものを食べたあとの方が、ストレスがかかっても頑張れる。

甘くて油っぽいものを食べることが、鎮痛作用や快感に関係があるオピオイドペプチドに影響を与えることは、どう考えたらよいのでしょう?

糖分も脂肪もエネルギー源です。もちろん、たんぱく質も必要ですが、生きていくエネルギーとしてまず必要なのは、糖分と脂肪です。

糖分と脂肪を食べることが、満足感や喜びの感情に結びついているのは、ひょっとすると本能に近い所にセットされているのかもしれません。

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