プロスタグランジンが発見される歴史で疑問に思った2つのこと

精液から発見されたプロスタグランジンは、その後、リン脂質のアラキドン酸を追いかけて発見されていきましたが、なぜアラキドン酸だったのでしょう?また、なぜアスピリンがプロスタグランジン生合成を阻害するというアイディアを持ったのでしょう?

プロスタグランジンは炭素数20の脂肪酸が変化してできます。γ-リノレン酸とアラキドン酸とエイコサペンタエン酸(EPA)の3つあります。

なぜ、アラキドン酸をもとにプロスタグランジンが発見されていったのか?

その中でも、アラキドン酸をもとにプロスタグランジンが発見されていったようなのです。アラキドン酸カスケードといわれます。しかし、素人考えながら、なぜアラキドン酸なんだろうと思ってしまいました。

というのも、γ-リノレン酸もエイコサペンタエン酸(EPA)も同じ反応経路をたどるからです。なぜ、アラキドン酸が主役だったんだろう?

なぜ、アスピリンがプロスタグランジンを阻害することで効くと思いついたのか?

もうひとつ、アスピリンがプロスタグランジンを生合成することを阻害するので痛みや炎症を抑える(効く)ことがわかった話。

なぜ、プロスタグランジン生合成を阻害するかもしれないというアイディアを持ったのだろうかと疑問に思いました。

アスピリンは、アセチルサリチル酸のことです。アスピリンはヤナギの樹皮に含まれる物質をルーツに持ちます。以前、アスピリンはヤナギの樹皮からという記事を書きました。使われてきた歴史は長いのですが、なぜ効くのかよくわかっていなかったのです。

アスピリンはヤナギの樹皮から
アスピリンはヤナギの樹皮に含まれる物質をルーツに持ちます。ヤナギの樹皮に解熱、鎮痛、消炎作用があることは昔からよく知られていました。さらに肩こりやねんざに使われる湿布薬のスースーする成分もアスピリンと近い物質です。アスピリンは古くからある薬

プロスタグランジン物語を読みました。30年以上前の、絶版の本です。

プロスタグランジン物語
プロスタグランジン物語は1983年発行の本です。プロスタグランジンを発見し、働きを研究してきた人達が1982年にノーベル医学生理学賞を受賞したことをきっかけに発行された本です。プロスタグランジンについて最近の本はないみたいプロスタグ...

万が一、古本を購入される方のためにもともとの値段を書いておきます。1983年発行のこの本の定価は1500円です。ご参考まで。

そもそもは精液の中から発見された

精液の中にある子宮を収縮させる物質が、プロスタグランジン発見の一番最初です。

コロンビア大学の産婦人科医KurzrokとLiebは奇妙なことに気がついた.人工授精のときに精液を子宮内に注入してしばらくすると,急に注入した精液が子宮内から逆流したり,ときには腹痛を訴える患者がいるのである.

彼らは精液のなかに何か子宮を収縮させる物質があるに違いないと考え,早速ヒトの子宮片を使って精液の作用を調べ,みごとその物質をつきとめた.

いまから半世紀前,すなわち1930年のことであった.

プロスタグランジンは、この後、細胞膜のリン脂質にある炭素数20の脂肪酸からつくられる生理活性物質となります。

そして、50年後、1982年、ノーベル医学生理学賞が3人の学者に授与されます。

プロスタグランジン発見の歴史を表にした

プロスタグランジン物語に書かれているプロスタグランジンの歴史を、見やすいように表にしました。

表に出てくるプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンの個々の具体的な説明は、別記事にします。

1930年 PG様物質の発見
1935年 プロスタグランジン(PG)と命名
スウェーデンのU.S. von EulerとイギリスのM.W.Goldblattは、
それぞれ独立にヒト精液中に血圧降下作用、平滑筋収縮作用をもつ物質を発見した。
前立腺(Prostata)から分泌されると考えて
prostaglandinプロスタグランジン(PG)と命名した。
1957年 PGE1、PGF1αの単離に成功し、翌年カロリンスカの教授に戻った S.Bergströmは、
アイスランドやスカンジナビア諸国から何千個ものヒツジの精嚢腺を買い集め、
本格的にPGの構造決定に乗り出した。
1959年 スウェーデンのEliassonが精液を分割採取し、
その成分分析を行って精液中のPGは前立腺で作られるのではなく、
精嚢腺由来
のものであることを明らかにした。
1963年 PGE、PGFの構造決定
スウェーデンのカロリンスカ研究所のS.Bergströmが、
当時の分析技術を駆使して数トンのヒツジの精嚢腺からプライマリーPGと呼ばれる、
PGE1,E2,E3,F1a,F2a,F3aを精製単離し、その化学構造を決定した。
1964年 精嚢腺によるPG生合成の発見
S.BergströmとオランダのD.A. van Dorpはそれぞれ独立にジホモ-γ-リノレン酸、
アラキドン酸などの不飽和脂肪酸
から
PGE1、F1α、E2、F2αがヒツジの精嚢腺で生合成されることを発見した。
1968年 PGの産科臨床応用
PGの子宮収縮作用に目を付け、妊娠中絶に使い、
その顕著な効果から陣痛誘発剤として産科臨床に使えると報告した。
アフリカウガンダのS.M.M.Karimによる。
1969年 アスピリンがPGの生合成の阻害剤である
イギリスのウェルカム研究所のP.J.PiperとJ.R.Vaneが、
それまで作用機序の明らかでなかった
抗炎症剤のアスピリンがPGの生合成の阻害剤であることを報告した。
この発見は、その後のPGの研究にはかりしれない大きな影響を与えている。
1973年 PGエンドペルオキシドの単離
PGは一種の過酸化脂質であるPGエンドペルオキシド(PGG2,H2)を
一種の中間生成物として生合成されることが、オランダのD.H.Nugteren、
スウェーデンのB.Samuelssonらによって報告された。
1975年 トロンボキサンthromboxane(TX)の発見
B.Samuelssonらは、PGエンドペルオキシドの血小板への作用を
研究していたときに、
それよりいっそう強力な血小板凝集作用物質が存在することに気づき、
それがthromboxane(TX)というPGエンドペルオキシドから生成される
非常に不安定な物質であることを明らかにした。
血小板でこの中間体(注:PGG2、H2)からTXA2が作られ、
それに血小板凝集、血管収縮作用のあることを見い出した。
1976年 プロスタサイクリン(PGI2)の発見
J.R.VaneらはTXと全く逆の作用をもつ、
著名な血小板凝集抑制物質がPGエンドペルオキシドから
血管壁で生成されることを発見した。
それははじめ化学構造が明らかではなかったためPGXと名づけられたが、のちに
PGI2(プロスタサイクリン)と命名された。
1978年 ロイコトリエンleukotriene(LT)の構造決定
B.Samuelssonらによって以前からSRS-Aと呼ばれ、
喘息患者の血中に見いだされる平滑筋をゆっくり収縮させる物質の
化学構造が決定された。
この発見により現在アラキドンカスケードと呼ばれる
アラキドン酸の代謝経路がさらに明らかになってきたのである。
1982年 ノーベル医学生理学賞授与
S. Bergström と、B. Samuelsson そして、J. R. Vane の3人が
プロスタグランジンの発見およびその研究により受賞しました。

プロスタグランジンの構造がはっきりしたのが1963年。

1964年に不飽和脂肪酸からできるとわかった

1964年には、ジホモ-γ-リノレン酸、アラキドン酸など炭素数20の不飽和脂肪酸からプロスタグランジンができることがわかったのです。

1969年にアスピリンがPGの生合成の阻害剤であるとわかった

その後、1969年には、アスピリンがPGの生合成の阻害剤であることがわかりました。文献によって多少(2年くらい)発見時期にずれがあるようですが、些細なことです。気にしないで下さい。

なぜアラキドン酸だったのだろう?

私は専門家ではないので、実に素人くさい疑問をもつのですが、そのひとつは、記事の冒頭に書いたように「なぜ、プロスタグランジンはアラキドン酸を主として調べられていったのだろう?」ということです。

今はオメガ3の炭素数20の脂肪酸では、EPAの方がよく知られているのと、サプリメントになるほど「人気」です。

ずっとそのことに引っかかっていたのですが、プロスタグランジン―その生体内における位置づけと全体像を読んでやっとわかりました。

リン脂質を構成する脂肪酸はアラキドン酸が圧倒的に多い

通常の生活をしていれば、リン脂質の中にはアラキドン酸の方が圧倒的に多いのです。

前駆体脂肪酸として我々の生体ではC20:3,C20:5に比ベアラキドン酸(C20:4)の量が圧倒的に多い.従って,生体内で検出されるものはほとんどアラキドン酸代謝物である.(中略)

エイコサペンタエン酸(EPA,C20:5)は 我々の生体の内因性物質として論ずる時には問題とならない.

ただし、食事の内容で入れ替わることがある

これには続きがあります。EPA/アラキドン酸比の具体的な数字が書かれているのでおどろきますよ。

しかしアザラシなどを常食としていたグリーンランド・エスキモー人の燐脂質のEPA含有量(EPA/アラキドン酸比=7 .1/0.8)は,デンマーク人(0.2/8.0)に比し圧倒的に多く,これは間接的に魚を摂取するためと考えられた.

海の表層を泳ぐ魚類やおきあみはEPAを特に多く含んでいる.

数字が全然違います。リン脂質のEPAとアラキドン酸の比率は、食生活でかなり変化することがわかります。エスキモーとデンマーク人を比較した話は有名です。

エスキモーは、当時(1970年代後半)、野菜を食べることなく、海獣や魚をゆでたり生で食べていました。

エスキモーの死因には脳出血が多い

オメガ3のEPAが多いからよいのだろうと思いますが、一方で、エスキモーの死因には脳出血が多いのです。多価不飽和脂肪酸およびプロスタノイドにはこのように書かれていました。

グリーンランド・エスキモー人では, デンマーク人に比して, 心筋梗塞, 気管支喘息, 乾癬(psoriasis), 糖尿病, その他多発性硬化症や甲状腺機能亢進症のような自己免疫性疾患が少ないように思われる.

しかし一方,脳卒中は明らかに多く, この内容は主として脳出血であるとされている.

血液がサラサラになりすぎて止まらないのでしょう。オメガ3の脂肪酸が多ければ多いほどよいというわけではないようです。

なぜ、アスピリンがプロスタグランジンを阻害すると思ったのか?

次に、J.R.Vaneがなぜアスピリンがプロスタグランジンを阻害するというアイディアを持ったのか調べました。

まず論文のタイトルを探した

J.R.Vaneが、アスピリンがPGの生合成の阻害剤であると書いている論文を念入りにグーグルで調べていくと、ロイコトリエンと炎症の冒頭に出ていました。

1971年,“Nature” 誌上に発表されたVane,J.R.博士の論文 “The inhibition of prostaglandin synthesis as a mechanism of action for aspirin-like drugs” は,プロスタグランジン(以下PGと略す)の炎症への関与を疑いのないものにさせた.

タイトルは、”アスピリン様薬物の作用機序としてのプロスタグランジン合成の阻害”ですか。作用機序は、簡単にいうと「作用する仕組み」です。

タイトルがわかったので、また検索すると、全文をダウンロードして読むには料金がかかることがわかりました。これは困ります。しかし、何番目かにこの論文の要約が出てきました。ありがたい。

要約した記事が見つかった

This Week’s Citation Classicという昔の文献を引用して紹介する記事のようです。しかし、この記事自体も、1980年10月なので相当に古いです。

早速、グーグル翻訳を使って、読んでみました。英語が得意な方は、短い文章ですからリンク先を読んでみてください。

特に関係がある箇所です。

プロスタグランジンは炎症の場所で検出され、炎症に似た兆候を示す

すでにプロスタグランジンが炎症に関係があると知られていたようです。関係部分を訳しながら説明します。かなりかみ砕いて訳していますので、ご了承ください。

プロスタグランジンはすでに炎症性滲出液に検出されており、また、プロスタグランジンが炎症に似た兆候を示すことが知られるようになり、プロスタグランジンへの興味が高まっていました。

J.R.Vaneは、独自の装置を使って、ヒスタミン、セロトニン、エピネフリン、ブラジキニン、およびPGの一部などの血管作用物質が放出されると、即座にそして連続的に検出することができる状態にありました。

ヒスタミンは、アレルギー反応や炎症反応の原因物質です。セロトニンは、血液凝固・血管収縮に関わり、エピネフリンはアドレナリンのことです。ブラジキニンは血圧降下の作用があります。みんな血液に放出されて血管に作用する物質です。

アナフィラキシーの肺から予想していなかったPGE2、PGF2αとRCSが発見された

予想外のできごとが起きます。

彼らは、この技術を使って、肺から放出される、想定されたアナフィラキシーのメディエーター(注:シグナル伝達を行う物質)を研究していましたが、予想していなかった短時間で変化する物質、PGE2、PGF2α、とRCSとも称される「ウサギ大動脈収縮物質」を発見しました。

アナフィラキシーとは、激しいアレルギー反応のことです。

ここで、アスピリンが出てきます。しかし、なぜ、アスピリンをここで使ったのか明快な理由は書かれていませんでした。

文章の流れから考えると、最初の方で、プロスタグランジンはすでに炎症性滲出液に検出されており、また、プロスタグランジンが炎症に似た兆候を示すことが知られるようになっていたと書かれていました。

それで、ずっと抗炎症薬として使われてきていたアスピリンを試してみようと思ったのかもしれません。(歯切れが悪くて申し訳ないのですが・・・)

アスピリンでPG生産が阻害されることを確認

このとき、アスピリンがRCSの生産を阻害しました。また、この後、別な装置を使った実験で、アスピリンがPG(プロスタグランジン)の生産を阻害することもわかりました。

この研究結果を再検討すると、刺激された組織がもともと持っていたPGを放出したよりも、もっと多くのPGを放出していること、つまり、このアナフィラキシーの実験の時に、PGが生合成されていたことがわかりました。

では、アスピリンはPGの生合成を阻害していたのだろうか?

そこで、確認するために試験管のなかでホモジナイズ( 注:粉砕して均一な懸濁状態にする)した肺からプロスタグランジン合成酵素を調製し、アスピリンがPGの生合成を阻害することを改めて確かめました。

ノーベル医学生理学賞を受賞

Sune K. Bergström (スネ・ベリストローム)と、Bengt I. Samuelsson (ベンクト・サミュエルソン)そして、John R. Vane (ジョン・ベーン)の3人は1982年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。

それぞれの人物には、英語版のウイキペディアのリンクを貼っておきました。そちらの方が詳しいからです。

プロスタグランジン物語には、3人が発見した中身が色分けされた図が載せられていました。真似して描きました。

これを見ると、きっかけはBergströmですが、ほとんどの発見はその弟子であるSamuelssonによる仕事だとわかります。

アラキドン酸カスケード

 

NOTE

精液から発見された子宮を収縮させること物質、プロスタグランジンは、その後、細胞膜のリン脂質にある炭素数20の多価不飽和脂肪酸から作られることがわかりました。

BergströmはプライマリーPGの構造を決定しました。

炭素数20の多価不飽和脂肪酸は、通常、アラキドン酸が圧倒的に多く、プロスタグランジンの種類は、Samuelssonによってアラキドン酸の変化から発見されていきました。

その後、プロスタグランジンは、炎症に関係していると思われるようになり、特殊な装置を考案したVaneによって、アスピリンがプロスタグランジンの生合成を阻害することを発見し、アスピリンが効く仕組みを解明しました。

1982年、3人は、プロスタグランジンの発見およびその研究によりノーベル医学生理学賞を受賞しました。

この他のアラキドン酸についての記事は、アラキドン酸についてをご覧下さい。

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