麺のおいしそうな香りは不飽和脂肪酸からできるアルデヒド

ラーメン、蕎麦、うどん屋さんのお店の前を通ると、麺をゆでるにおいがします。このにおいは、小麦粉や蕎麦粉にわずかに含まれるリノール酸やα-リノレン酸が分解してできた、ヘキサナールやヘキセナールといったアルデヒドによるものです。少ないとお腹がすくよいにおいですが、多くなると嫌なにおいに変わります。

うどん

うどんの香りもそば粉の香りもリノール酸が関係している。

麺の科学を読みました。

そば屋さんやラーメン屋さんや、数は減りましたがさぬきうどん屋さんの前を通ると、麺をゆでるにおいがします。空腹時はとてもそそられるにおいですが、そのにおいはアルデヒドなのだそうです。

酒飲みのみなさんならよくご存知の二日酔いの原因物質、アセトアルデヒドもアルデヒドです。

アルデヒド、なんとなくイメージがよくありませんね…‥。

リノール酸とα-リノレン酸からできるアルデヒドが麺の香り

小麦粉にわずかに含まれる脂質の大部分がリノール酸とα-リノレン酸です。それらが酸化されヘキサナールやヘキセナールになり、香り成分になります。

小麦粉にも脂質が含まれています。しかしながら、デンプンやタンパク質に比べると少量(小麦粉中に1.5%から2%)であるため、栄養学的にも食品加工的にもあまり重要ではないと考えられてきました。

ところが、おいしさの決め手となる香りという点でカギを握る栄養素であることがわかってきました。

脂質を構成する脂肪酸を調べてみると、小麦粉は植物由来ですので不飽和脂肪酸が多く、全脂肪酸のうち不飽和脂肪酸は70%を超えます。さらにその主成分はリノール酸とα-リノレン酸です。リノール酸やα-リノレン酸は、小麦粉自身が持っている酵素や空気中の酸素により酸化され、ヘキサナールヘキセナールといったアルデヒド類を生成します。

これらの化学物質は低濃度ではグリーンな(干し草の)においと表現されるにおいがします。小麦粉独特のにおいといってよいと思います。

穀物は一般に、不飽和脂肪酸であるリノール酸とα-リノレン酸を含んでいますので、グリーンなにおいは多くの穀物製品で感じられ、含有量によって、また組成によって蕎麦のにおいとなったりスパゲッティのにおいとなったりします。

以下、小麦粉に含まれる脂質とリノール酸とα-リノレン酸の量、そして、においの物質、ヘキサナールとヘキセナールについて説明します。

小麦粉の脂質は1~2%程度で大半はリノール酸

日本食品標準成分表2015年版(七訂)で実際に調べると、小麦粉の脂質は1~2gの間で、その中でも脂肪酸は大半がリノール酸です。

うどんを打つ時は、中力粉か薄力粉を使います。(出典)表には、これら2種類の小麦粉を載せてあります。

わずか1%にも満たない脂肪酸が香りのもとになる

また、表に出ている数値は、100gあたりの重量を示しているので、%も表しています。小麦粉に存在するごくわずか0.7~0.9%のリノール酸が麺の香りのもとになっています。

表を作ってみると、においのもとが本当にごくわずかな量であり、逆に、そんな微量でも麺のにおいだと分かるようになるんだなと少し驚きます。

食品100gあたりの栄養成分
薄力粉
1等
薄力粉
2等
中力粉
1等
中力粉
2等
うどん/生
エネルギー kcal 367 368 367 368 270
たんぱく質 g 8.3 9.3 9 9.7 6.1
脂質 g 1.5 1.9 1.6 1.8 0.6
炭水化物 g 75.8 74.3 75.1 74 56.8
灰分 g 0.4 0.5 0.4 0.5 3
脂肪酸総量 g 1.23 1.56 1.29 1.48 0.5
16:0パルミチン酸 mg 320 410 340 390 130
18:0ステアリン酸 mg 15 19 16 18 6
18:1計 mg 130 160 130 150 52
18:1n9オレイン酸 mg 0 0 0 0 0
18:2n-6リノール酸 mg 720 910 750 860 290
18:3n-3αーリノレン酸 mg 38 49 41 46 16
日本食品標準成分表2015年版(七訂)から引用

ヘキサナールとヘキセナール

ヘキサナールとヘキセナールは、炭素数18のリノール酸とα-リノレン酸が分解し、短くなってできたアルデヒドです。

下にリノール酸からできるヘキサナールと、α-リノレン酸からできるヘキセナールの構造式を載せました。両方とも、炭素数6です。

ヘキセナールには同じ側に曲がるシス型の炭素の二重結合が1個あります。

リノール酸もα-リノレン酸も、もともとは炭素数18の脂肪酸です。分解されて短くなってヘキサナールとヘキセナールができます。

脂肪酸の端にはカルボキシ基(-COOH)が必ずついていますが、アルデヒドは(-CHO)です。

ヘキサナールはどのようにできるか

ヘキサナールはリノール酸からできます。リノール酸が酸化してどんな反応をするか知りたい方は、リノール酸の酸化とノネナールができるまでをお読み下さい。構造式も書いてあるので見やすいと思います。

リノール酸の酸化とノネナールができるまで
リノール酸を酸化させると、理論上、7種類のアルデヒドができることが考えられます。その中に、3-ノネナールが入っています。ところが、実際に実験すると、2-ノネナールが主要産物の一つになっています。ノネナールはリノール酸からいくつかできるアルデ...

ヘキセナールはどのようにできるか

ヘキセナールは、α-リノレン酸からできます。どんな反応経路をたどるのかご覧になりたい方は、α-リノレン酸から青葉のにおいができるをお読み下さい。

α-リノレン酸から青葉のにおいができる
α-リノレン酸の分解経路を見ていたら2回の反応で炭素数6のアルデヒドができることがわかりました。炭素数が短いとたいていにおいがあります。短い脂肪酸はクサイのですが、炭素数6のアルデヒドは、青葉のにおいがします。また、日本酒の吟醸香も短い脂肪...

ヘキサナールやヘキセナールは微量だとおいしそうなにおいなのですが、多くなると話は別です。

多くなると嫌なにおいに感じる

大豆特有の青臭いにおいもヘキサナールとヘキセナールによるものです。大豆に含まれるリノール酸やα-リノレン酸は小麦粉に比べてはるかに多く、できるヘキサナールとヘキセナールも多くなり、嫌なにおいに感じられるようになります。

大豆はリノール酸とα-リノレン酸の含有量が多いので、大豆特有のにおいはよいものではないです。これは私、毎週のようにかいでいます。

ただ、においの特性で難しいのは、タンパク質の項でも述べましたが、同じ化学物質でも低濃度では好ましいにおいでも、高濃度になると悪臭として感じられるものが多いという点です。

たとえば、大豆では不飽和脂肪酸の含有量が小麦や蕎麦に比べて1桁多く、その結果、酸化生成物であるアルデヒド類も多く発生するため、青臭いにおいと感じることになります。

大豆は栄養豊富な食品です。改めて食品分析表を調べてみました。

大豆の食品分析表

大豆は高タンパク(30%以上)で知られていますが、脂質も多く、約20%あります。

私は、ほぼ毎週納豆を自作しています。準備として乾燥大豆を300gずつ半日水に浸しておきます。それを圧力鍋で蒸すのですが、鍋に移しかえる時のにおいは、大豆特有の青臭いにおいで、決してよいにおいではありません。

大豆の脂質は20%もある

下に国産黄大豆乾燥の食品分析表を載せました。脂質がほぼ20gもあり、そのうち、リノール酸が8.8g、α-リノレン酸が1.5gもあります。

不飽和脂肪酸がこのぐらい増えると、分解される量が多すぎて、においは嫌なにおいだと感じられるようになります。

食品100gあたりの
栄養成分
黄大豆乾
エネルギー kcal 422
水分 g 12.4
たんぱく質 g 33.8
脂質 g 19.7
炭水化物 g 29.5
灰分 g 4.7
脂肪酸総量 g 17.78
16:0パルミチン酸 mg 1900
18:0ステアリン酸 mg 510
18:1n9オレイン酸 mg 4500
18:2n-6リノール酸 mg 8800
18:3n-3αーリノレン酸 mg 1500

植物のにおいは不飽和脂肪酸由来

麺の香りのもとになるアルデヒドについて、小麦と比較するため大豆についても説明しましたが、大豆に限らず植物のにおいはアルデヒドが関係しているようです。

このように、脂質を構成する脂肪酸に不飽和脂肪酸が多いこと、不飽和脂肪酸としては、オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸が多いことは植物の共通の性質と言って差し支えなく…(中略)。

このことはスパゲッティでも日本蕎麦でも同じで、さらには大豆の青臭さも、キュウリやゴーヤの特有なにおいも、不飽和脂肪酸の分解によるアルデヒド類の生成によって引き起こされていることが、過去の多くの研究により明らかにされています。

蕎麦はヘキサナールが多い

蕎麦とうどんゆでると蕎麦の方がにおいが強いです。私はずっと前から畳のにおいに少し似ているなと思っていたのですが、蕎麦の方がリノール酸が多く、できるヘキサナールが多くなります。

日本蕎麦でも、中に含まれる脂質中の不飽和脂肪酸が空気あるいは酵素の力で分解され、アルデヒドが生成することで独特なにおいが発生することが知られています。それが日本蕎麦のフレッシュなにおいを特徴付けています。

ただ、日本蕎麦のにおいは少し青臭さが強く、うどんやスパゲッティとは異なっています。これは日本蕎麦の脂質を構成する不飽和脂肪酸の組成が異なることによって、生成するアルデヒドの量が異なることに起因しています。

表4-2は、日本蕎麦、うどん、スパゲッティに含まれる不飽和脂肪酸の組成を食品成分データベースから抜き出したものです。日本蕎麦の場合、オレイン酸は検出されないもののリノール酸は比較的多く、空気酸化あるいは酵素的酸化によりヘキサナールが多く揮発することが予想され、それが蕎麦特有のグリーンなにおいのもとであると考えられます。

表の数値の違いを見ながら香りを思い出すと、リノール酸が多い方がにおいがはっきりするように思います。

表4-2 各種麺の不飽和脂肪酸組成
オレイン酸 リノール酸 α-リノレン酸
蕎麦粉(全層) 0 950 61
乾スパゲッティー 180 820 49
うどん乾麺 0 530 29
注)いずれも100gあたりのmg
(「麺の科学 粉が生み出す豊かな食感・香り・うまみ」より転載)

NOTE

これまでいろいろな記事を書いてきましたが、穀物を搾った植物油には、不飽和脂肪酸が多く含まれていました。特にリノール酸が多いのが特徴です。

例外は、亜麻仁油やえごま油、他には果実を搾ったオリーブ油など。意外と少ないものです。

食品分析表を見ると、穀物に含まれている脂質が多いか少ないかは穀物の種類によって違います。脂質が多ければ油が搾れますが、そうでないものの方が多いです。

しかし、穀物に含まれる脂質には不飽和脂肪酸が多く、特にリノール酸が多いのは植物油の特徴と変わりがありません。

穀物を挽いて麺をつくると、リノール酸は分解されてヘキサナールになり、香りの成分となります。また、α-リノレン酸も分解されてヘキセナールになり、同じように香りの成分となります。両方ともアルデヒドです。

穀物によって脂肪酸組成が違うので、ヘキサナールとヘキセナールの量や割合が変化し、麺の香りが変わります。

しかし、この香り成分は、多くなると嫌なにおいに変わることは覚えておきましょう。

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