オメガ3の油(魚油)は、大気下では、とても酸化されやすい性質があります。しかし、体の中では、酸素の量が減るので酸化しにくくなり、さらに、体の中で強い酸化ストレスがかかると、オメガ3の油は、自身は過酸化されるものの、細胞の酸化を防ぐ働きがあるようです。
食べものは、もしそれが有害なら、おいしくてもやがて食べられなくなると思います。日本人は魚をずっと食べてきました。
酸化のことを考えると、魚の油ぐらい酸化されやすいものはありません。EPAは炭素の二重結合が5個、DHAは炭素の二重結合が6個もあります。
夏の暑い日に、外に半日出しておいた刺身を食べたいと思う人はいませんね。すぐに傷んでしまいます。
しかし、もし、傷みやすい魚を食べて体の中で過酸化脂質がたくさんできてしまうなら、魚を食べている人は早く老化して短命になるでしょう。とはいうものの、魚を食べていると短命になるという話は聞いたことがありません。むしろ逆です。もちろん、水銀を始め海洋汚染による、いわゆる毒を生物濃縮する話は別ですよ。
オメガ3脂肪酸には特別な性質があるのではないかと毎日念入りに検索しています。すると、酸化的ストレスを軽減するオメガ3脂肪酸摂取という2006年の論文が出て来ました。
この記事では、オメガ3の脂肪酸が酸化ストレスを軽減するということを書いてみます。
過酸化脂質を測定する方法に問題があるのかな?
からだの中で高度不飽和脂肪酸を含む脂質が最も酸化的ストレスに弱いとされています。高度不飽和脂肪酸とは、炭素の二重結合が3個以上ある脂肪酸のことをいいます。
高度不飽和脂肪酸を含む脂質が酸化的ストレスに弱いのは、炭素の二重結合にはさまれたメチレン基(-CH2)が非常に反応性が高いからです。高度不飽和脂肪酸が過酸化され、過酸化物がDNAやタンパク質に酸化的ストレスをかけて傷つけると考えられてきました。
生体内の脂質過酸化度を測定する方法として、チオバルビツール酸(TBA)法がよく知られています。この方法は、60年以上広く用いられてきた歴史があります。
チオバルビツール酸(TBA)法
TBARS(2-thiobarbituric acid reactive substances:2-チオバルビツール酸反応性物質)は、酸化ストレスに応答して濃度が上昇する物質の総称で、脂質ヒドロペルオキシドやアルデヒドなどが含まれます。
チオバルビツール酸(TBA)法の一例として、下記のように測定するようです。
通常,TBARSは多価不飽和脂肪酸脂質過酸化物の分解物であるMDA(malondialdehyde:マロンジアルデヒド)の量として測定されています。
2-チオバルビツール酸とMDAを酸性条件下で室温で反応させることにより,531 nm付近に強い吸収を示す色素が生成します。(出典)
それを比色法あるいは蛍光法という方法で分析し、どのくらい含まれているか測定するようです。
下の構造式は参考のために書いただけで、まったく重要ではありません。MDAは多価不飽和脂肪酸を過酸化したときの2次生成物です。2次生成物とは、脂肪酸が切られて短くなったものです。
チオバルビツール酸(TBA)法の問題
過酸化脂質と生活習慣病(2007)によれば。
TBA 法は、脂質ハイドロパーオキサイド(L-OOH)の分解物であるマロンジアルデヒド(malondialdehyde;MDA)にチオバルビツール酸(thiobarbituric acid; TBA)を加えて加熱、反応させ、生じた赤色色素を測定する方法である)。
感度は高く、生体脂質の酸化や、微量な脂質過酸化の評価に適し、最も多く使われている方法である。
しかし、一部の夾雑物や未酸化脂質(特に多価不飽和脂肪酸)も分析に要す加熱処理により MDA 類似の構造に変化することがあるため、脂質ハイドロパーオキサイド量を正しくは反映しない。
と書かれていました。多価不飽和脂肪酸は酸化されやすいですから、酸性下で加熱されると、余分にMDAになってしまう可能性があるということです。
さらに、ちょっと古いですがアルケナール,アルカジエナール及び有機ヒドロペルオキシドの混合物のチオバルビツール酸反応における赤色色素の増強(1989)によれば、
アルケナールとアルカジエナールの混合や,2種のアルカジエナールの混合は相乗的に赤色色素の生成を増強し,また有機ヒドロペルオキシドの添加は,これらアルデヒドの赤色色素の生成を増強した。
アルケナールとは、炭素の二重結合を1個もつアルデヒド(-CHO)です。アルカジエナールは、炭素の二重結合を2個持つアルデヒド(-CHO)です。
つまり、チオバルビツール酸(TBA)法を行う場合、これらのアルデヒドや有機ヒドロペルオキシド(R-O-O-H)が存在すると、マロンジアルデヒドがより多く存在するように反応してしまうようです。
そこで、酸化的ストレスを軽減するオメガ3脂肪酸摂取では、アルケナールとアルカジエナールによる発色を完全に抑えつけ、酸性条件下で加熱することで、余分にMDAが増えてしまう問題については、必ず抗酸化剤のBHTを加えることで解決しました。BHTはブチル化ヒドロキシトルエンの略称です。
試験管内で低酸素分圧にした時の過酸化脂質
まず、試験管内で体内と同じような低酸素(O2)分圧下を想定した環境をつくり、そこで脂質過酸化を測る実験を行いました。
この実験の意味は、空気中で進む過酸化と、体内で進む過酸化の違いを確かめているのです。
大気下(1気圧のもとでの)水溶液の酸素濃度が270μM(マイクロモル=1/1000000モル)であるのに対し、生体内では1~180μMです。
ビタミンEを欠乏させたマウスから肝ミクロソームを調製します。ミクロソームとは、顆粒体ともいわれるもので、細胞を遠心分離して得られる、小胞体を多く含む画分のことです。
つくりかたは、肝細胞をホモジナイズ(すりつぶす)し遠心分離します。回転数が低い時は核が沈殿します。その上澄みをとり、もう少し高い回転数で遠心分離すると、ミトコンドリアが沈殿します。さらに上澄みをとってさらに高い回転数で遠心分離すると、粗面小胞体、滑面小胞体、遊離リボゾーム、細胞膜、ゴルジ体などを含む画分が得られます。その画分をミクロソームといいます。
大気下より酸素分圧が低くなると過酸化は抑制される
試験管内の酸素分圧を34~270μMの雰囲気として、37゜Cに温めてFe(III)イオン(Fe3+)を使って酸化したTBARS(チオバルビツール酸反応性物質)は、酸素分圧34μMでは270μMの半分の値を示しました。また、ビタミンEによるTBARSの抑制効果も酸素分圧が低いほど強かったのです。
これは、酸素分圧が低い体内では、大気下と比較して、脂質の過酸化が抑制されていることを示しています。
酸素が少ないのだから当たり前だと思います。確認しているのです。
オメガ3脂肪酸摂取の過酸化度を比較する実験
次の実験は、オメガ6脂肪酸のリノール酸(炭素の二重結合が2個)とオメガ3のEPA(炭素の二重結合が5個)とDHA(炭素の二重結合が6個)の過酸化の比較です。
大気下では、もちろん、炭素の二重結合が多い、オメガ3のEPAとDHAの方が早く過酸化されます。
オメガ6もオメガ3も体内では過酸化度は変わらない
実験は、ラットを2群に分け、それぞれにオメガ6脂肪酸の多い油とオメガ3脂肪酸の多い油を含む食餌を与え、体内組織の脂質過酸化度を比較しました。
ラットに5%のサフラワー油(S)または魚油(F)を含む食餌を6週間与えました。サフラワー油(ベニバナ油)はリノール酸が多い油です。
S群はオメガ6脂肪酸(リノール酸など)78.0%、オメガ3脂肪酸(EPA、DHAなど)0.3%。オメガ6脂肪酸群です。
F群はオメガ6脂肪酸1.3%、オメガ3脂肪酸(EPA、DHAなど)26%/5%。オメガ3脂肪酸群です。
飼育後,赤血球の膜画分を分離し,リン脂質を抽出した.
これは、赤血球、細胞膜のリン脂質にある2本の脂肪酸を取りだしているのです。それで脂肪酸の過酸化レベルを測定します。
しかし、膜リン脂質画分の脂質過酸化レベルはS群とF群の間に差は認められませんでした。
また、S群F群のラットから摘出した脳、肺、肝、腎などの組織についても、臓器の過酸化脂質の程度に差は認められませんでした。体内では通常の生理的条件下の酸化的ストレス下では、酸素分圧が低いうえ、ビタミンEなどの抗酸化剤がはたらいていることもあって、不飽和度の異なる脂肪酸による脂質過酸化度の違いは現れないと考えられました。
オメガ3脂肪酸摂取時の強い酸化的ストレスにおける脂質過酸化とDNA傷害への影響
平常時の体内では酸素分圧が低いため、オメガ3脂肪酸でもオメガ6脂肪酸でも差が出ないことがわかりました。次は、平常時でない、強い酸化条件がかかって来たときにどうなるかという実験です。
オメガ3の方が過酸化されるが細胞は傷害されない
S群F群のラットの腹腔に致死量に近い量の鉄ニトリロ三酢酸(Fe-NTA)を投与して、強制的に酸化的ストレスを与えました。
肝細胞の脂質過酸化レベルはF群の方がS群より有意に高く、ビタミンEレベルもF群の方がS群より有意に低下していました。ところが、肝細胞のDNAの酸化的傷害を調べ たところ、双方ともにF群の方がS群よりも低かったのです。
さらに、ラットの肝細胞を摘出し、試験管内で過酸化水素により酸化的ストレスをかけた場合も、F群の肝細胞の方がS群よりも脂質過酸化度は高いものの、逆にDNAの酸化的傷害の程度は低かったのです。このことは、オメガ3脂肪酸摂取による脂質過酸化度の増大は、酸化的ストレスによるDNAの傷害を増幅することはなく、逆に軽減することを示しています。
どうやらオメガ3脂肪酸の性質はオメガ6脂肪酸の性質とは違う
これまでオメガ3脂肪酸は体のなかの脂質過酸化を亢進し、酸化的ストレスを増やすように考えられてきましたが、それは、生体内での脂質過酸化の測定が適正に行われていなかったため、不適切な条件で得られた結果をもとに考えられて来たようです。
この論文によれば、オメガ3脂肪酸の摂取は、オメガ6脂肪酸の摂取に比較して、通常の生理的条件下では体内脂質過酸化を亢進することはありません。
また、強い酸化的ストレスがかかった場合には、体内脂質の過酸化は亢進します。しかし、DNA損傷は逆に軽減されていました。このことは、オメガ3脂肪酸は生体内では酸化的ストレスをくいとめるはたらきがあることを示していると考えられています。
NOTE
ゆっくり読まないと理解しにくい内容でしたが、オメガ3の油(この場合魚油)は、大気下、つまり、外、室内では、酸化されやすい性質があります。
冒頭書いたように、刺身を室内に放置したらすぐに腐ってしまいます。
しかし、それが体の中に入ると、酸素の量が減るので酸化しにくくなり、さらにそれだけでなく、体の中で強い酸化ストレスがかかると、オメガ3の油は、自身は過酸化されるものの、細胞の酸化を防ぐ働きがあるようです。
健康を維持するためには魚を食べた方がよいということの一つの説明かもしれません。
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